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恋の始まりはいろいろって話。

 知らない人に触れられたりするのは、結構不快に思うことが多い。
 自分がそうだからすべての人もそうか、と問われれば違うと思うけれど、『とりあえず自分は嫌である』ということだけ分かってもらえたらそれでいい。

 しかし、どうしても例外というものが生まれてしまうのは、酷い話なのかもしれない。世の中の理不尽とでも言えばいいのだろうか。
 差別する気はないし、その例外は頻繁に生まれることはない。
 もしその例外に遭遇したとしても、接触までに至らないことの方が圧倒的に多いのが現状だ。
 だから、例外に分類される『好みの顔』を持った男性と『偶然』『そういう状況』に陥るというのは、奇跡に近いことだった。


 そしてその奇跡は、割とあっさりと自分の身に降りかかったのだ。


***


 一応、少女漫画を嗜んでいるわたしは、今の状況に『ときめき』を感じずにはいられなかった。いや、ときめくような状況ではないことくらい分かっているのだが、どうしても気になってしまうのが正直なところである。
 がたんがたんと車両を揺らしながら走っていた電車は、不自然な場所で現在停車中。かれこれ十分くらい経っただろうか。
 車内アナウンスでは、『人身事故発生のため、運転を見合わせております』と何度も知らせてくれている。
 駅に向かう途中の線路に止まっているため、今のところこの電車から降りることも叶わない。
 車内に閉じ込められた乗客はというと、静かに待機しているものの、満員でおしくらまんじゅう状態が辛い現状だった。
 座席組は完全に勝ち組だろうけれど、わたしを含めて立っている乗客たちの表情は険しい。だんだんと疲れや苛立ちが浮かんでくるのが……目に入る範囲で認識できる(ほんのわずかだけど)。


 じゃあ何故、わたしはときめいているのか。


 ……目の前に好みの顔の異性がいて、扉を背に立っているわたしに壁ドンしてるからだよ!!


 何度も体勢を変えようと試みたみたいだが、身動きの取れない帰りの通勤ラッシュでは、一度決まったポーズを変更することは難しい。
 ちなみに壁ドン王子(勝手にそう呼ぶ)は、学ランを着ていた。そう、学生さんである。
 整った容姿は、きっと学校でモテるのだろう。それに見合うように、髪型も一生懸命セットしたのか、モデルのように決まっている。見た目だけなら結婚を申し出たいところだ。鞄は一般的なボストンバッグで、運動部のようなごつごつとした大きな鞄ではない。文化部か帰宅部という予想を勝手に立ててみる。
 そんな目の前にいる壁ドン王子は、気まずそうというか恥ずかしそうな様子で、不自然にわたしから視線を外していた。頬がほのかに赤く見えるのは、車内の暑さからなのか、はたまた現在の状況からなのか。
 ひとりきゅんきゅんしているわたしであるが、一応……申し訳ないという気持ちはある。いや、落ち着いてきた今、申し訳なさしかなかった。
 わたしはこれでもOL。二十五歳。独身。おそらく十歳くらい離れているのであろう男子学生からすれば、十分おばさんの域なのだ。
 相手が可愛い女学生ならば、ロマンスのひとつやふたつくらい生まれただろうに……。
 素性も知らぬ男子学生を心の中で憐れむ中、虚しく車内アナウンスが鳴り響く。

『運転再開は、二十分後になる見込みです』

 もちろん、車内はざわついた。
 気が付くと、壁ドン王子と『嘘……だろ?』と言ったニュアンスのアイコンタクトを交わしてしまう程度にはざわついた。
 言い忘れていたけれど、壁ドンって意外と距離近いよね。


「……すみません、変な体勢になっちゃって」
 無言を貫いていた王子は、申し訳なさそうに謝罪を口にした。
 声が意外と低めで、またしてもわたしのストライクゾーンを打ち抜いていく。
「いやいや……こちらこそ、相手が見苦しいおばさんでごめんね」
 二十五なんてちっともおばさんでないことは、痛いほど理解している。会社でそんなことを口にした日には、会社の先輩お姉さま方に視線で殺されることだろう。
 しかし相手は学生。何度でも言うが、できるなら可愛い女の子と代わってあげたい。どちらかと言うと、わたしは遠くからその光景を見守る第三者的存在でありたかった。

「えっそんな! むしろオレこそすみませんって感じで……」
 意外と控えめな王子は、慌てふためきながらもわたしに釣られて謝罪する。
 見た目では若干チャラい? かとも思えたので、好感度がうなぎのぼりだ。
「カッコいい子でラッキーとか思っちゃってることは絶対に言えない」
 本人には言えない本心である。墓場まで持って行こう。
「えっ」
 だが、墓場まで持って行くその前段階で、わたしは大きなミスを犯していた。
「あ……しまった」
 王子が顔を赤くして固まったのを見て、わたしは悟った。
 そして、心の声がそのまま自分の中にあるセキュリティをすり抜けて声になってしまったことに、気付いてしまったのだ。わたしのセキュリティ緩すぎる……。
 いやいや、これはなんというかお世辞ってわけじゃなくて本音だけど、褒めてるだけだし、軽く流しちゃえばよいのでは。
 と、ある程度答えは出せたものの、うまく言葉にできない。
 ただでさえ壁ドンされているというどうしようもない状況なのに、さらに気まずい状況だけが完成に近づいていた。やばい。


「あの……オレも、同じようなことを思ってて」


 すると、何を血迷ったのか、彼はそのようなことを申した。
「すげー好みの人だーって……その」
 顔を真っ赤にし、壁ドン状態で、彼はそのようなことを申した。
 そのような信じがたいセリフを、申したのだ。
「あの……気を遣わなくていいよ?」
「遣ってません!」
「えっ」
 理解できない状況に、解決策が見いだせない。
 どうすることが正解なのか、考えることすらできなかった。


「とりあえず……無事にこの電車を降りることができたら、オレとお茶してください」


 まるで死にゆく戦士みたいなセリフだ。
 ぼんやりとくだらないことを思いつつも、
「分かったわ」
 彼の勇気に免じて、そのセリフに乗っかることにした。
 ……超、上から目線っぽい気もするけど。

 というか、何この状況?

 でも壁ドン王子は嬉しそうだし、わたしはまんざらでもないし、ロマンスと無縁状態のわたしにとっては、もしかしたらもしかすると、運命的な展開に発展するかもしれないし?
 そうやってポジティブに考えることで、なんとか体裁を取り繕う。
 もうこのまま、突っ走るしかない。
 その前に、電車が動かないと話は進まないわけだけど。



 そんなやり取りからさらに十分後、電車は無事に動き出した。
 動き出したのは電車だけでないことに気づいたのは、無事に約束を果たした時なのかもしれない。
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Copyright (c) 2013 Ayane Haduki All rights reserved.  (2017.05.06 UP)