女 子 高 生 と サ ラ リー マ ン

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何人付き合ったの?

 わたしは、あまり和成のことを知らない。三月に出会って付き合い始めてから、五ヶ月経った今でもわからないことの方が多かったりする。
 顔を合わせるのは、社会人である彼氏側の都合で土日祝がメイン。平日は夜遅くだと未成年のわたしが出かけられないので、相手を知るには時間に限りがあった。
 会えるからずっとお互いの話をし続けるわけでもなく、直接言葉を交わさなくても相手を探る日々。
 気になることができれば直球で質問をぶつけ、会話をすればそれで満足できる。
 そんな二人の、今日の議題はこれだった。

「和成って、今まで何人くらいの女の子と付き合ったの?」
 我ながら、大変今更な質問だと苦笑する。
 何故今まで訊かなかったかと問われると……そこは恥ずかしいので省略したい。ざっくり言うと、付き合いはじめからギスギスするかもしれないと怖がったせいだ。
 相手は二十六歳の大人。経験豊富であることは覚悟のうえだけど、やっぱり自分以外の人と付き合った経験なんてあまり知りたくない。
 ……その割には、今知りたくないことで質問してしまったけど。
「え?」
 もちろん、訊かれた方は大変驚かれていた。今更、とかなんで急に、とか思っていることだろう。
「なんで急に?」
 大正解! だってこの人はいつも顔に出るからわかりやすいんだもの。
 とは口が裂けても言えず、わたしがお土産で持ってきたプリンのふたをおもむろに開けた。
 今日も一人暮らしの和成の家に来ているわけだけど、もしかしたらこの後、わたし以外の誰かがこの部屋で同じようにいちゃついていた女の数がわかってしまう。かもしれない。
「なんとなく」
 少しぶっきらぼうに返事をしながら、乱暴にプリンをすくって口に運ぶ。
 プリンに罪はないため、今日もいつもと変わらずおいしかった。だけど心は幸せに満たされず、イライラと不安だけがじわじわ増えていくだけ。
「えーっと……五人くらい?」
 二口目を口に入れようとして、不意に自信のない回答が聞こえてきた。一瞬何かがこみ上げそうになったが、ぐっと堪えてプリンを食べる。
「ふーん」
 自分から訊いておいて、なんという言い草だろう。
「多いね。モテるんだね。手慣れてるんだね」
 面白くない回答に一番動揺しているのは、どうやらわたしのようだった。
 ヤキモチ妬いてますアピール甚だしいセリフが和成を貫いて、ぎょっとした表情でワンテンポ遅く動揺し始めているのがわかる。
「うっ……のんちゃんの声が冷たい……トゲがあるよ」
「そう? ほら、突然元カノが大集合してより戻そうとか言い寄られて泥沼バトル開催とか嫌だし」
「ないない! 告白はみんな向こうからだったし、酷いことにみんな向こうからフったんだから! 突然やってきても追い返すっつーの」
 それはそれでかわいそうだ。
「哀れむような目でオレを見ないでぇぇぇぇ!」
 隠したつもりだったが、どうやら瞳はごまかせなかったらしい。伝わった哀れみが更に和成の心の傷をえぐるようで、半泣きになっていた。前半だけ聞くといけ好かないヤツとか思ってしまうのだけど、後半があまりにもかわいそうでならない。
「なんでフられたの?」
 なのに、とどめを刺すような質問を考えなしに口にしてしまった……もう何も言うまい。しかし律儀な彼氏様は、虚空を見つめながら力のない声で答えてくれた。
「性格の不一致、とか? 好きな人ができた、とか? ウザい、とか?」
「ご、ごめん……」
 ヤキモチなんて吹っ飛ぶくらい、わたしの気持ちは驚くほど冷静になる。勿論、五人の女の子と付き合ったという過去にはいい気分になれないけれど、今の和成を見ているとどうだっていいや。
「まあ……そんな大学生活を送ってたから、それ以降は彼女いなかったけどね……会社は野郎だらけだし」
 もうどうにでもなぁれ、なんて死にそうな声で呟きながら、壊れたように笑い始める。いやもう、マジですみませんでした。
「のんちゃんは!?」
 だが、そのクラッシュ状態も一瞬の話だった。突然再起動したかと思えば、いつもの明るくテンションの高い声で話を振られる。
「オレが初めてだったり? する? キャー!」
 あ、これがウザいというやつか。
 冷静な頭で百面相を見せる二十六歳に冷ややかな視線を送りながら、わたしは小さくため息混じりで答える。
「二人目」
 残酷な現実を突きつけると、そのテンションは崖から突き落とされたかのように急降下していった。気持ちはわからないでもないけれど……。
「なんでだよぉぉぉぉ! 一番がいい!」
「二番じゃダメなんですか?」
「なんで急にボケたの!?」
 今にも泣き出しそうな声で叫びながら、わたしの両肩を掴んでがくがくと揺さぶる。渾身のボケもどうやらお気に召さなかったようだ。残念。
「ていうか、そんなこと言われたらわたしなんて六番目なんですけど」
「うっ」
「和成の女たらし」
「うっ」
 基本的にわかりやすいというか、弱みを握られやすい和成を大人しくさせるのは簡単だった。  喚いていた二十六歳は、気まずそうに挙動不審になっている。
「だから……オレの方は若気の至りだし、もう連絡先すら知らないしー。てか、のんちゃんはどうなの?」
「わたし?」
 またしても突然話題を振られ、きょとんと首を傾げる。
「元カレと……その、まだ繋がりとか……」
 そういうことか。
 最初はうまく理解できなかったが、ようやく問いの本質を理解した。が、これもまた残酷な事実を突きつけなきゃいけないかと思うと心苦しい。いや、決してやましいことはないのだけど。
「高校入ってからは疎遠かなぁ。時々メールしたりするけど」
「えっ」
「そういえばちゃんと話したことなかったね」
「え、何」
 不安そうにわたしを見つめる和成に、後悔が通り過ぎた。
 このまま話してしまっていいだろうか。いや、隠して何かあったときにこじれる方が後々面倒かも知れない。それに、わたしにとっては大切な思い出なのだ。

 ざっくりと話すとこうだ。


 中学二年生から三年生の終わりまで付き合っていた男の子で、高校は男子高、女子高と離れてしまった。彼とは気が合って、一緒にいると楽しくて、毎日が本当に充実していたと思う。高校が離れるくらいで別れることもないだろうと思っていた。
 だが、彼には夢があった。その夢をわたしは知っていた。
 そうして中学を卒業する頃、突然別れを告げられる。
「夢に専念したい。だから、きっとのどかを大事にできない。別れよう」
 わたしはショックだったが、意外とそのダメージは大きくなかった。
 なんとなくだが、自分の中で恋だったのか敬愛だったのか友愛だったのか、気持ちの名前があやふやになっていたからかもしれない。それに、彼が夢に向かって努力する様子を間近で見ていたわたしは、応援したくて別れを受け入れたのだった。

「何それ! そんな漫画みたいな中学時代知らない! 男女の仲が悪くて刺々しい思春期時代? 悪ぶってみたり闇の能力に目覚めたり? 痛々しすぎて記憶を解放するのも拒む勢いだよ!」
 話し終えると、和成は身を乗り出しながら泣きそうな声で叫ぶ。確かに中学生にしては背伸びしているな、なんて思うけれど、そこまで悲観しなくても……。このあたりはきっと、本人にしかわからないようなことがいろいろとあるのだろう。
「てか、今も好きなの!?」
 そして、とんでもない質問をぶつけられた。それはさすがに、わたしも傷つく。
 勿論あの日々はキラキラしていたと思う。彼のことは尊敬していたし、いろいろなやる気をもらえたからこそ、少しレベルの高い学校に入ることができた。だけど、それと今は話が違う。
「本気で二番な気がしてきて怖いんだけど……」
 おそらく、わたしがからかいすぎたせいだろう。和成は疑心暗鬼になっていて、疑いのまなざしを平気で向けてくるのだから。
 ここは本来信じて欲しいところだけど、わたしにも非があるから仕方がない。
「もしもまだ好きだったとしたら、わたしは絶対にこの部屋には来ないよ」
 付き合うと決まったとき、和成はわたしに手を出さないと宣言してくれた。
 だが、一人暮らしの男の家に女一人で乗り込むのだ。何かあっても、わたしに文句を言う資格なんてない。何かあったってそれを嫌とも思わないだろう。
 その何が起こるかわからないこの場所に、他に気のある人間がいる状態で来るなんて、相手に失礼過ぎやしないだろうか。
 少なくとも、大して経験のないわたしにそんな度胸はない。考えたこともなかった。
「今もその彼は大切だと思ってるかもしれない。でも、その気持ちと和成に抱く気持ちは違うから」  ぽつぽつと話していることは、きっと恥ずかしいことだ。
 現に顔を真っ赤にして話を聞いている二十六歳が目の前にいる。自分の顔の熱さが物語っている。
 でも、この話をしたからには彼を安心させる義務がある。もしも逆の立場だったなら、わたしだっていい気分はしない。彼女が五人いた話を聞いたときのわたしときたら、一瞬で黒い感情に飲み込まれそうだったもの。
 とはいえ、恥ずかしいことに変わりはない。気を紛らわすように俯いて、近くにあったクッションをぎゅっと抱きしめる。
「い、今は和成以外に興味のある男の人なんていないし、女子高だから出会いないしっ! 彼にも、彼氏ができたって報告してるし、向こうも気になる人ができたって言ってたしっ」
 一度恥ずかしさを自覚すると、その想いは一気にわたしを支配する。
 早口で言い訳じみた言葉を吐き出しながら、わたしも大概わかりやすい人間なんだと自覚できた。多分こうなってしまうのも、みんなみんなこのひとのせい。
「だから、わたしはっ」
「のんちゃん!」
 勢いよく顔を上げた瞬間、クッションを取り上げられた。代わりに和成が飛び込んでくる。
 ぎゅっと抱きしめられて、ああ、好きだとしみじみ感じた。この気持ちは、今までに味わったことのないあたたかさ。
「あーーー素直なのんちゃんかわいいよぉ。オレが一番か、そうかそうか。オレ以外興味ないか、そうかそうか」
 心の底から嬉しそうな声。抱きしめてくる強さ。顔は見えないのに、さっきずたぼろになってしまったことも忘れてはいしゃいでいるだろうことがわかる。
「う、ウザい〜」
「えっ!? 嫌!?」
「い、嫌じゃないけど……」
「じゃあ喜ばせてよ! 今嬉しくて死にそうなんだから!」
「死なないでよ」
 九歳も年上とは思えない反応に、わたしは思わず笑みをこぼした。
 恥ずかしくて引きはがしたい気持ちもあるのに、それ以上に幸せな気持ちの方が大きい。心地よくて、一生このままでもいいような気さえして。
 抱きしめ合ったまま恥ずかしい会話を交わし、ぼんやりとした頭で思う。
 勢いで付き合うと決めたこの繋がりは、とても大事でかけがえのないものだってことを。
「オレも、のんちゃんが一番だからね〜うりうり」
 抱きしめる力が緩み、視線が絡み合った瞬間に、わたしの両頬がおもちゃに変わった。
 優しくつままれて、ぐりぐりといじられる。目の前にいる男のだらしない顔を見ていると、逆に故意に変な表情にされることを幸運に思った。
 ……きっと、わたしもだらしない顔をしていたに違いない。
 三島和成という男は、よくよく知っていくといい男だと思う。
 見た目はそんなに悪くないし、明るくてノリがよくて、わたしに対しては一途でいてくれて。時折テンションが高すぎてウザかったりするけれど、九歳も年上なのに可愛くて世話が焼けて、それでいて大人であることを忘れさせないさりげなさがあって。
 まだまだ子どもであるわたしからすれば、ただ世間を知らなさすぎるからこんなに褒めることができるのかも知れない。でも、そう思うのだから仕方がない。
 今日も彼の部屋で、くだらないような大事なような、様々な話を唐突にぶつけ合いながら、同じ時間を共有する。
 和成の方がわたしにゾッコンなんだろうと思ったら大間違いだ。
「あんまり調子に乗らないでよっ」
 わたしは手が空いていた右手でデコピンを食らわすと、ようやく両頬が解放された。
「いてっ」
「こっちのセリフだよ」
「うぅ……ごめん」
 可愛いから許す。
 なんて言ったらまた両頬が大変なことになりそうなので、わたしは笑ってごまかした。
「あんまりいじめると、和成の中学時代の話を根掘り葉掘り聞いてやるから」
「ぐぅ」
 わたしだって、少しは対抗できるのだ。
 それはおそらく、こんなひねくれたことだけじゃなくて、好きという気持ちなんかも。


 そんな恥ずかしいことは、まだ言わないけどね。
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