ラ ブ コ メ の 目 撃 者

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04.隣のクラスの戸成くん

 杏子の親友、神園美咲の件で異性から相談を受けたのは、転入生の睦月春秋で十人目。そのうち八人とは接触する機会もなく、酷い時には八つ当たりをされ、大喧嘩になったこともある。
 理不尽を強いられる杏子は大変うんざりしていたが、なんやかんやで出来る限り協力をしている辺り、自業自得なところもあるのかもしれない。
 しかし、どうしても協力してしまう事情があった。
 それは、杏子と現在も交流のある『とある男』が絡んでいる。


 彼の名を、戸成健太という。

***


「おい! 大橋!」
 とある休み時間。
 廊下にあるロッカーから、次の授業で使用する教科書を探していた杏子のもとに、一人の男が怒鳴り込んできた。
 その声に聴き覚えのある杏子は、わざとらしく大きなため息をつき、ゆっくりと顔を上げる。
「どうなってんだ! 説明しろ!」
「あんたが説明しなさいよ」
 きゃんきゃんとよく吠えるこの男は、戸成健太。美咲の幼馴染で、家が隣同士。ずっと同じ学校に通っているが、名前に呪われているのか、いつも同じクラスにはなれず、現在も隣のクラスに所属している。
 小学生の時から美咲と親友である杏子は、何かとこの男から一方的な相談を受けてきた。そのため、健太がどうして怒っているのか理由は分かっている。
「転入生だよ!! なんだよアイツ!! 馴れ馴れしい!」
「だって美咲の隣の席だし。美咲だって親切で相手してるんだから」
「分かってるよ!! ちくしょう! そういうとこも好きだけど!!」
 このやり取りは、数えるのも面倒なくらいに繰り返してきた。そして、実はこのやり取りを心底鬱陶しいと思っている。
「で? まさかまた、どこの馬の骨とも分からん男の頼みで、美咲との間を取り持とうとしてるのか?」
「そうだよ?」
「お前ほんと最低だな」
「あんたにだけは絶対言われたくないし、あんたよりマシな男だから協力してるんだからね?」
 そうなのだ。戸成健太という男は、『幼馴染』という属性だけで他の男よりも断然有利なはずなのだが、俺様な性格が災いし、美咲にも好かれないという残念な男である(なお、既に一度告白し玉砕している)。一応美咲にも好きな人を確認したことがあるが、「健ちゃんとだけは付き合いたくない」とまで言われているほどなのだ。あの高圧的な態度が杏子は大嫌いで、何度も追い返しているし、嫌いであることを宣言しているにも関わらず、健太側から絡まれてしまう現状だった。
 杏子は早くこの男から嫌われたいのと、大切な親友がこんな男に持って行かれるのなら、いっそ他の男子生徒の恋を応援した方が全員幸せになれるのではないだろうか? という二点から、理不尽を自ら被っているところがある。
 まさに、ちょっとした復讐だった。
 しかし、そんな復讐など彼にとっては小さなものなのだろう。それこそ『幼馴染』の力を使い、他の男の邪魔をしてきたのだ。諦めるまで、徹底的に。杏子も杏子だが、健太も健太である。
「とりあえず、転入生くんはあんたと比べ物にならないほど素晴らしい心の持ち主だから協力すんのよ。あんたは邪魔しないでよね」
 教科書を持って立ち上がると、杏子は健太をぎろっと睨みつけながらそう宣言した。
「はあ? お前こそ邪魔すんな。とりあえず転入生呼んで来い」
 杏子の睨みなど効果は全くなく、健太も負けじと睨み返してきた。そのうえ、杏子に命令する始末。
 幼馴染への愛は美しいかもしれないが、とんでもなく歪んでいると杏子は思う。

「なんだ? 僕に何か用か?」
 しかし、その刹那。丁度教室から出てきた春秋が、二人の会話を聞いていたらしく、傍まで歩み寄ってきた。邪悪なオーラを纏っている健太に物怖じすることなく、春秋は話しかけてくる。
「お前か? 美咲にちょっかいかけてるクソ野郎は?」
 早速、健太は眼を飛ばしながら理不尽に絡む厄介者のような台詞を吐いた。その台詞にはさすがの春秋も表情が険しくならざるをえないようだ。
「美咲? って……神園さんのことか? 君こそ誰なんだ? 初対面の態度とはとても思えないのだが」
「はあ? 俺は美咲の幼馴染の戸成健太だ。よく覚えとけ。幼馴染だぞ」
「ほう、幼馴染か」
 まるで子どもと大人の喧嘩だ。
 遠巻きに見守る第三者に成り下がった杏子の中で、そのようなことが思い浮かんだ。そしてますます、転入生を応援したいと強く思ってしまう。
「だから、他の男が色目使ってんのが目障りなんだよ。もう二度と話もするな」
 基本的に、根性のない男や健太の面倒くささに嫌気がさした人間は、大体この辺りで美咲を諦めることが多い。ここまでのページでもお分かりいただけただろうが、性格だけが最悪なのだ。容姿がいいことや、運動神経がいいなどの素晴らしい長所があったとしても、あの性格のせいですべてが帳消しになる。
 現在も決め台詞が決まったからなのか、表情からご満悦な様子が伺える。
「随分と子どもじみた言い分だな。彼氏でもないのに」
 だが、そこで新鋭である春秋の冷静で強烈な一撃が放たれた。
「うぐ」
 思わず唸り声を上げるほど、健太のダメージは大きかったようだった。その後も春秋の怒涛の攻撃が続く。
「幼馴染というのは、そんなに偉そうなことを言えるほどのものなのか? 昔から知っているというだけで価値が決まってしまうのか? そもそも、神園さんが僕と話をするだけで迷惑を被っているのか? 自己中で神園さんを孤立させることがお前の望みなのか?」
「そ、そういうわけじゃねーけど……」
 先程までの威勢は、既に下降の一途を辿っている。
 健太ははっきりと言われたことに押され気味で、美咲の前ではテンパってしまう春秋が冷静に対応している。どちらの言い分がおかしいかは明白だった。
「じゃあ、そんなくだらないことを言わずに、正々堂々と勝負だ。こんなことばかり続けていると、彼女に嫌われてしまうぞ。それは君にとって大きな損害のはずだ」
(もう手遅れだよ……睦月くん……あいつは嫌われているんだ……)
 杏子は心の中で春秋の優しさに手を合わせた。水を差すのは厄介の匂いしかしないため、とりあえず見守りに徹する。
 さっきまで野に放たれた狂犬のごとく暴れまくっていた健太は、すっかり大人しくなり、春秋の言葉に納得をしているようだった。あとは一歩を踏み出し、素直になるだけだ。
「僕たちはきっといいライバルになれるぞ」
 春秋が握手を求めるかのように、右手を差し出した。
 スポーツ漫画で見かけるような男の友情シーンを見せつけられ、杏子は若干戸惑う。こんなに簡単にあっさりと解決してしまえば、今まで杏子が苦労してきた日々が何だったのか分からなくなりそうだった。もしかしたら、この学校に入学したら、漫画でありがちな展開を一人ひとつくらいは披露しないといけないのかもしれない。
「し、しょうがねぇな。俺に勝つにはまだまだだが、今までの野郎の中ではまだ見どころがあるじゃねぇか」
「話せば分かるヤツだとは思っていたぞ」
 なんやかんやと打ち解けている二人は、絵面だけでいうと美しく見える。
 健太ははねた毛が耳のようで犬にしか見えないが、見た目だけでいうとモデルなどやっていそうな容姿をしているし、春秋も容姿端麗という四字熟語がよく似合う(というよりは、この学校に少女漫画のヒーローのような見た目がよい男が揃っているだけかもしれない)。
 しかし、杏子は心から思う。
「じゃあ、あとは二人で仲良く頑張れ。わたしは陰ながら応援してる〜」
 自分を巻き込むんじゃない、と。

「は? 何言ってんだお前? 俺様の手助けをしろ」
「何!? 僕に協力してくれる話では!?」
 杏子の言葉に、すっかり和んだ雰囲気は一変し、身を乗り出して二人は言い寄った。
「……ほんとやだ、この人たち」
 周りからすれば、イケメン二人にモテモテという図だが、実際は地獄でしかない。
 そして杏子の前に恋愛を持ち込む者は皆、自己中極まりないという印象が強まるのだった。
「だから、戸成の手助けだけは絶対しないって言ってるでしょ!? 性悪直してから来なさいよ!」
「そうだぞ。協力者には親切にしないと」
「はあ!? 転入生、誰に物言ってんだ!? 俺は幼馴染だぞ!? 美咲の!」
「だからそれは」


 この世界で、都合のいい展開はたくさん起こっている。
 でも、どうやらバカは治らないらしい。


 その後も次の授業が始まるまで、二人は延々と言い合いを続けるのだった。
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Copyright (c) 2017 Ayane Haduki All rights reserved.  (2017.08.13 発行 / 2017.08.06 UP)