ラ ブ コ メ の 目 撃 者

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08.それから

「杏子〜! 優一くんとすっごくいい雰囲気だったじゃん!」
「やったー!」
「えぇ……」
 少し離れたところで見守っていた美咲と愛菜が駆け寄ると、興奮気味に話しかけてきた。だが張本人である杏子自身は、様々な出来事の数々についていけておらず、若干困惑気味である。
「いや……ちょっとよく分からないんだけど……」
 むしろ、信じられないことの連発で、未だに現実を受け止めきれずにいた。
「実はさ、私のお節介なんだけど……やっぱ、杏子ちゃんの今の状況ってよくないと思っててさ。まあ私も人のこと言える立場じゃないけど」
 すると、突然愛菜が事情を説明し始めた。合コンなどという、ただ集まって遊んだだけの、本当の目的について。
 まず、今日の話の前に愛菜と京介の出会いについて事情説明があったが、これもまた少女マンガのような話であった。
「京介くんが落とした定期を拾ったら告白されたの」
「えっ!? 早っ!!」
「京介くんの今日の感じだと、さらっとぐいぐいきそうだよねぇ」
 本能のままに生きていると思わされる京介の当時の様子を想像したが、違和感が仕事をすることはなかった。
「でも、睦月くんに一目惚れしたって……それでダイエット頑張ったんじゃ……」
 しかし、すぐさま杏子の疑問をぶつける。
「ごめん……勿論、睦月くん好きー! って気持ちで頑張ったのは事実なんだけど、告白されて勢いでOKしたら、どんどん京介くんが好きってなっちゃって……。混乱させてごめんね」
 本心を隠すことなく、愛菜は謝罪し頭を下げた。元々ぐちゃぐちゃの頭の中である杏子には、その謝罪を上手く飲み込むことができない。
「私も、杏子に迷惑かけてること謝りたかった。いや、私が直接迷惑かけてるわけじゃないけど……健ちゃんとか特にひどいでしょ? 本当にごめん」
「え!? 美咲まで!?」
 さらに美咲までもが頭を下げ始め、状況がどんどんおかしな方向へ進み始めている。
 それよりも、行き交う人たちの視線が突き刺さり、怒りよりも気まずさの方が上回ってしまう。杏子は慌てて二人の顔を上げさせ、混乱の中で話し始めた。
「いやいや! 美咲のは周りがクズなだけだから、あんたが気にすることないでしょ! 確かに戸成のことはどうにかしてほしいけど、アイツが頭おかしすぎるだけだから美咲のせいじゃないよ。それに愛菜ちゃんだって、そんな告白イベントがあったなら、そりゃ気持ちが動いちゃうのもしょうがないって!」
 そうなのだ。
 ゲーセンで優一に愚痴っていた杏子であったが、実際嫉妬がほとんどだったのだろうと自分でも分かっていた。周りが恋愛に浮かれている中、自身には何もないこと。恋に密かな憧れがあったこと。本当の理由なんてそのようなもので、ヒロインになれないのならせめて、悲劇のヒロインでありたかったのかもしれない。
 分かっていたことだったが、それを受け入れる勇気が足りなくて……だけどやっと、今日受け入れることができた。
「それで、杏子ちゃんの写真をたまたま送ったら、たまたま優一くんが気に入ってくれたみたいで、今日集まったの」
「え、それだけで?」
 突然本題に戻ったかと思いきや、気に入ってくれたというのは本当だったようで、杏子は心から驚いた。もし今日、接していて嫌になったとしたら、最後に連絡先など交換することはないだろう。
「そうそう。私も急に呼ばれた体で来たんだけど、本当は最初から知ってたんだ」
「他の人に行かないように、なんとか二人にさせようってね」
「……どおりで優一くんと二人きりになることが多いなって思ったら……」
 すっかり嵌められてしまったことを知った杏子は、小さくため息をつく。
 本来であれば、怒りたくなるところだと思っていた。一歩間違えれば、ただ惨めな想いをするだけで終わってしまうところだったのだ。

 だが実のところ、杏子もまんざらではなかった。
 優一からのアタックに今も心が揺らいでいるし、心を開いて愚痴ったことを思い出すと、少なくとも嫌いになることはない。
 ただ、すぐに答えを出すことができないだけだった。まさかこんなに突然、やって来るとは思ってもみなかったのだ。
「ほんと、お節介やいちゃって……」
 セリフとは裏腹に、杏子は明るい声色で微笑みながらこう言う。


「ありがと、二人とも」


***


 その後の話をしよう。

 月曜日、健太がよそよそしい態度で杏子の元に謝罪をしに来た。
「も……もう、お前に偉そうにしねーから……しません」
 あの、いつも偉そうに俺様なセリフを吐き続けてきた健太とは思えないほど、たどたどしく心にもないことを口にしている。その背後には、ニコニコと世にも恐ろしい笑顔で付き添っている美咲の姿があり、何か杏子の知らないところで予想もつかないことがあったのだなと、勝手に察した。
 あれだけ偉そうにしていた健太であったが、彼の周りの女性陣(美咲や健太の家族)は皆怒ると怖いタイプで、いろいろこってりと絞られたのだろう。
 下唇をぎゅっと噛み、悔しそうな表情を見るからに、反省はしていなさそうだ。杏子は苦笑しながら、ひとまず健太を赦すことにした。
 ……このやり取りを何回も繰り返しているので、そのうちに八つ当たりがきそうな気がしているが……とりあえずその言葉を、一旦信じることにする。


 それから春秋は、美咲との仲を取り持ってほしいとお願いした割には、大して頼ってくることはなかった。
 杏子を案じてくれていることもあるのだろうが、隣の席ということもあり、彼自身が積極的にアタックをしているようだ。
 今まで様々な男に告白され、振り向きもしなかった美咲も、今回ばかりは様子が違うらしく、なんやかんやとうまくいきそうな雰囲気を醸し出している。
 時々、春秋と美咲、杏子の三人でお昼を食べるようになったこともあり、二人が着実にいい方向へ向かっているのを感じる杏子は、特に大きな心配もしていない。


 愛菜はダイエット成功により学校ですっかりモテモテになったようだが、他校にいる京介とラブラブな日々を送っているらしい。
 春秋が美咲に気があるため、一時は三角関係になるものかとひやひやしたが、今はすっかりそんな気配も消滅してしまった。


 ……そして、杏子はというと。
「…………どうしたものか」
 LINEの画面を見つめながら、一人頭を抱えていた。
 優一に出会ったあの日から、一方的に送られてくるメッセージ。
 何とか返事は返せているものの、とあるメッセージに対して、どう返事をするか悩んでいた。

『今度二人で会わない?』

 そのメッセージを目にした時、杏子はこれまでになく発狂した。
 すぐに目を逸らして布団にもぐりこみ、だけど大人しくしていることすらできず、布団の上を何度もゴロゴロと転がったりもした。宛先を間違ったのでは、からかわれているのでは。様々な感情や考えが湧きあがり、暫くの間……いや、若干今でも、あのメッセージが現実であることを受け入れられずにいる。
 しかし、決して嫌悪感など存在しなかった。
 杏子はあのメッセージを見た瞬間、信じられない気持ちと同じくらいに、喜びとドキドキを感じていたのだ。

 実のところ、優一に初めて会ったあの日から、杏子の日常は一変した。
 周りの恋愛に振り回されていたはずの杏子が、今では自身の恋愛に振り回されている。
 そのおかげで、他人の恋愛に構っていられなくなってしまったのだ。
『他のヤツなんて、気にする暇もないくらいにしてやろうか?』
 あの日、優一が口にしたセリフを思い出す度に頭を抱える。まさか本当に、その通りになってしまうとは思わなかった。杏子は何度も何度も振り払おうとするが、こびりついた油汚れに負けずとも劣らない勢いで脳内にへばりついている。
 一応、本当に一応、杏子の悩みは解決したのかもしれない。きっと自分のことで精一杯で、他人のことにかまけている暇なんてなくなってしまうのかもしれない。
 つまり、他人の恋愛を目撃する頻度も減るのかもしれないのだ。
 そんな救世主が、今まさに杏子を悩み苦しめている張本人であるとは……皮肉な運命である。

「……大変だなぁ、ヒロインって」
 憧れていた立場にようやくのし上がった杏子の心情は複雑だった。
 だが、既に自身を『ヒロイン』と呼び始めている杏子はもう、この気持ちに答えを出している。
 あとは、一線を越えるための第一歩を踏み出すだけだ。向こう側で差し伸べる優一の手を掴むだけ。

 その手を掴むために、杏子は勇気を振り絞ってメッセージを打ち込むのだった。



『いつにする?』



(本当に言いたいことは、次に会った時まで取っておくことにしよう)


〜END〜
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Copyright (c) 2017 Ayane Haduki All rights reserved.  (2017.08.13 発行 / 2017.12.13 UP)