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まるで魔法使いみたいね

「……は?」
 学校からの帰り道。夕焼けに照らされながら、たまたま一緒になった隣の家に住む幼馴染と帰っている時のこと。
 幼馴染の望未がとんでもなくメルヘンチックなことを口にしたあまり、俺は目を丸くして立ち止まってしまった。
 望未は数歩先を歩いた後ようやく立ち止まり、俺の方へと振り返る。
「素直にそう思っただけですけど?」
 さらりと言ってのけたその表情は、時々目にする思わず見とれてしまうような微笑みだった。
 俺自身そこまで口数が多いわけではないために、一緒にいても言葉を交わすことは少ない。
 先程までも会話なんて存在していなかった……はずなのに、どうしてこういう話の流れになってしまったのか。
 呆然と立ち尽くす間も、望未はキラキラと眩しい表情を向けて俺をじっと見つめている。
 その視線から解放されたいと目を逸らすが、向こう側の視線が外れる様子はない。
「急にどうしたんだよ」
 当然と言える返答を口にし、もう一度視線の方へと目を向ける。
 今でも望未は俺を見つめたままで、この幼馴染に一体何があったのかと疑問を感じずにいられなかった。
 少しの間、沈黙が訪れる。
 唐突過ぎる展開に俺ができることなど何もなくて、これ以上は何もできずに黙り込んだ。
「あのね、ちょっと考えてたの。涼くんのこと」
 優しい声色がじんわりと響き渡り、とくんと胸が高鳴る。
 次第に鼓動は速度を増し、顔が熱くなっていくかのような錯覚に陥った。
「何か、あったのか?」
「何もないよ?」
 思わず問いかけた言葉に即答し、余裕たっぷりの笑顔を見せる。
「何もなければ、涼くんのこと考えちゃダメなの?」
 再び恥ずかしいセリフを口にした幼馴染に、動揺しているのはどうやら俺自身だけのようだ。
 望未はようやく視線を動かし、頭上に広がるオレンジ色の空を見つめる。
 視線から解放されると同時に今度は俺の方が幼馴染にくぎ付けとなり、再び静寂が訪れた。聞こえるのは自分自身の心音で、うるさすぎるこの音が聞かれてしまうのではないかと更に脳内は落ち着かなくなる。
「昔のことを思い出してた。特に何かあったわけじゃないんだけど、お風呂に入ってる時に昔のことを思い出して」
 これまた唐突な話だな、と思った。
 昔のことなんて、今ここで望未が言い出さなければ思い出すこともなかったかもしれない。
 遠い過去の記憶は随分奥底に仕舞い込んだようで、仕舞い込んだ場所を探すのに必死になる。
 そんな内心必死な俺に構わず、望未は続きを話し始めた。
「私って昔から泣き虫でしょ? 何かある度に泣いちゃってさ。出会った頃だって確か私は泣いてて、涼くんが困った顔しながら泣き止ませてくれたよね」
 言われてからようやく記憶が蘇り始める。


 望未と出会った十三年前。四歳の頃、隣に引っ越してきた望未と出会ったあの日。
 漫画みたいな話だが、俺の部屋からは望未の部屋が見えるという本当のお隣さん状態で、今でも時々自身の家に居ながら会話をすることもある。
 引っ越してきたお隣さんにくぎ付けだった俺は、その日も自分の部屋の窓から外を眺めるのに必死だった。
 以前から隣に家が建つ様子をずっと眺めていたこともあって、隣にどんな人間が住むのかが気になってしょうがなかったのかもしれない。
 そんな時、現在の望未の部屋であるその場所へ泣きじゃくる望未がやってきたのだ。
 新築の新しい家に住めるというのに、どうしてあんなに泣いているのか。
 俺は何も理解できなくて、ただただ部屋から見ていることしかできなかった。
「うぅ……う、うわあああああああん!!」
 大人しく泣いていたはずが我慢できなくなったのか、大きな声を出して遠慮なく泣いている。
 窓から俺が見ているとも知らず、望未は飽きることなく泣き続けていた。
 さすがに泣いている女の子を見過ごせるほど俺の心は冷たくない。
 それに、向こうの窓が全開に開いていたせいで泣き声が筒抜けだった。
「お、おい」
 恐る恐る窓から声をかけ、何とかなだめようと試みた。
 すると望未は俺の顔を見て、またぽろぽろと涙をこぼし始めたのだ。
 その時、何と声をかければいいのか分からずに、俺もつられて泣きたくなったことを覚えている。
 見ているだけの俺は、言葉なんて無力なんだと小さいながらに思った。
 気の利いた言葉を言わなければ、あの女の子は余計に泣いてしまうかもしれない……そういうことなんだと。
 だから俺は、言葉をかけることを早々に諦め、たまたまポケットに入っていた飴玉をあちら側に放り投げることしかできなかったのだ。


「確かにお前は、出会った頃から泣き虫だったな。昔よりはマシになったが……」
 一度思い出してみれば、芋づる式のようにずるずると記憶が引きずり出される。
 出会いの頃の出来事を口にすると望未はぷーっと頬を膨らませ、不満げな表情で俺を睨むような目つきで見つめた。
「マシって何よ」
「あー……あの頃よりは随分強気になったよな」
「もう! ……バカ」
 その言葉には怒気があまり感じられず、苛立つどころか愛しくさえ感じてしまうのだから俺も重症だ。
「涼くんはさ、いつだって何も言わずに傍にいてくれた。口を開いてもこうやってわたしを怒らせるようなことばっかり言うんだけどさ、それだって、涼くんなりに元気づけてるって感じがするし……」
 膨らんだ頬は元に戻り、穏やかで優しい表情が目に映る。
 多分これは褒められているのだろうか?
 疑いの眼差しを向けながら、唐突に歩き出した幼馴染の後を追った。
 話はまだ続くようで、歩きながら望未の言葉に耳を傾ける。
「わたしね、初めて出会ったあの日、涼くんのこと怖いって思ったの。思ったけど……すぐに優しい人なんだって、分かったよ」
 あの日、飴玉を投げつけることしかできなかった俺を、どうやったらそういう目で見れるというんだろう。
 確かにあの後、望未はぴたりと泣き止んだ。
 泣き止んで、驚いたようにぽかんとして、俺を一生懸命見つめて……最後には笑ってくれた。
 その笑顔が俺に喜びを与え、言葉では言い表せないような感情を与え、俺は望未を守ってやらなきゃいけないんだ、なんて使命感まで与えられてしまった。
「初めて出会った女の子は大泣きしてて涼くんも困ってたはずなのにね。なのにわたしのこと気にしてくれて。何度泣いても気づいたら静かに傍にいてくれてさ。それだけで何だか安心できて、だから涼くんは魔法使いみたいだなって、ずっと思ってたの」


『りょうくんはまほうつかいみたいね』


 そうだ。昔同じことを言われたんだ。
 同じ幼稚園に通いだして暫く経った頃、今日みたいに突拍子もないことを言い出したんだ。
 俺はあの時、確かこう思ったはずだ。言い返せなかったけれど、確かにこう思った。
「……お前の方が、よっぽど魔法使いみたいだっつーの」
 無意識のうちに、あの日言えなかった言葉を口にする。
 普段なら絶対に魔法なんて言い出すことはないのだが、望未の言葉のレベルに合わせるならこう表現するしかない。
 ちらりと隣へと視線を向けると、盗み見るはずがバッチリと視線がぶつかった。
 ぽかんと頬を赤く染めた彼女にドキッとして、慌ててぶつけた視線を逸らす。
「ど、どこがよ」
 動揺が伝わってくる声色に自分までもが酷く動揺してしまう気がした。
「い、いや……やっぱいい」
「バカ」
 理由はちゃんとあるのに、動揺がうつった今は上手く話せないと直感的に判断して黙り込む。
 やっぱり気持ちを言葉にするのは苦手だ。
 改めてその事実と向き合う羽目になった俺は、小さく溜息をついた。


 再び沈黙が訪れる。
 訪れるのだが、俺はこの沈黙さえも心地よいと感じていた。
 望未は泣く頻度が減った代わりによく喋るようになったと思う。
 だけど、別に四六時中喋らないと死んでしまうような人間ではない。
 話題がなくなればそのまま黙り込み、何か思い浮かべば今みたいに突拍子もない話を持ちかけてくるのだ。
 ……しかし、今日の沈黙は少しだけ息苦しい気がする。
 それは幼馴染が恥ずかしい話題を持ち出し、俺の昔の記憶を紐解いたせいだろう。
 何故こんな話題を持ちかけたのか、理由が分からない以上はこの息苦しさは続くかもしれない。
「おい、何かあったのか?」
 普段なら滅多なことがない限り自分からは話しかけない。
 なのに話しかけたのは、よっぽどこの息苦しさから解放されたいかららしい。
 俺の声に驚くように肩を震わせ、真っ赤な顔をした幼馴染が俺の方へと視線を合わせてきた。
「それ、さっきも」
「何で昔を思い出す必要があって、それをわざわざ俺に話す必要があったかって聞いてるんだ」
 遠慮などすることもなく、俺は核心に迫るようなことを尋ねる。それは先程尋ねたことと同じことなのだが、確実にはぐらかされたことはお見通しなので、気にすることはなかった。
 強い口調で言ったせいなのか、望未はいつものお喋りな口を閉ざしたまま俺をじっと見つめるだけになった。
 いつもなら既に家に辿り着く時間のはずなのに、こうやって歩いたり立ち止まったりを繰り返すせいで一向に家に着く気配もない。
 今日は一体どうしたというのだ。
 もっと俺が気の利いたことを言えたなら、スマートに事が進んだかもしれないというのに……。
「……やっぱいい」
 にらめっこにも飽きて、ここにいることも気まずくて、息苦しさは解放どころか悪化していく。
 溜息交じりで諦めの言葉を口にすると、望未に構わず歩き始めた。
 いつもなら合わせる歩幅も気にすることなんてなくて、むしろ一人で歩く普段の速度を上回るほどの速さで足を動かす。
 望未は立ち止まったままなんだろうか?
 だんだんと気配がなくなっていき、俺は思わず足を止めて振り返りたくなる。
 だけど振り返った瞬間、自分が敗北を味わいそうで躊躇われた。

「……待って」
 そう思った瞬間、勝手に歩いていた足が止まり、背後にはなくなりかけた幼馴染の気配がはっきりと感じられた。
「置いてかないでよ」
 ぽつりと呟いた声は静寂な世界に大きく響く。
 振り返ろうにも振り返ることはできず、何事かと思えば俺のシャツの裾を掴んで離さないようだった。
 俯いているせいか望未の顔は見えないはずだったが、ちらりと視界に入った表情にドキッとする。
 ……今まで見たことのないようなその表情は、女と意識するには十分過ぎた。
「ちょっと待って……言うから」
 話し始めた時とはがらりと声色が変わり、震えたものになる。
 どうやら気持ちを落ち着かせるために俺の背中に顔をうずめたらしい。
 望未の呼吸が直接吹きかかり、そこだけが異常に熱くなる。
 くっつかれると自分のうるさい心音がばれてしまいそうで、恥ずかしさのあまり強引にでも引き剥がしたい衝動が俺自身を襲う。
 何度か深呼吸らしき呼吸を繰り返すと、永遠のように感じた時間はあっという間に終わりを迎える。
 望未は俺から離れ、最後にもう一度だけ小さく息を吐いた。
「涼くん、あのね」
 振り返ると、望未に吸い込まれるように視線を移した。
 覚悟を決めたようで、強い視線がそれを物語っているように感じる。
 余裕のなさそうな表情を見つめながら、この幼馴染は何故こんなに追い詰められた表情をしているのだろう、と素直に思う。
 最近何かやらかしただろうか?
 思い出してもお互いにいつも通りで、変わったことなどなかったように思う。
 それ故に、俺にはこの先の展開など想像もできなかった。

「わたしね、いつも傍にいてくれるだけで笑顔にしてくれるから魔法使いみたいって……言ったけど、それは本心じゃないの」
「は?」
 いきなり天から地へ落とすようなことを言われてしまった!
「あぁ! えっと……だからってわたしが言ったことは嘘じゃないの。ただ、本当に話したいことは別にあって、それを言うためのカモフラージュというか、成り行きというかなんというか……」
 相当フォローしないとまずい表情をしてしまったらしい。
 望未の話が本題に入るまで時間がかかり、遠回りしないとうまく話せないという話は、随分前に交わしたというのに……すっかり抜け落ちてしまっていた。
 おかげで望未は必死にフォローし、おどおどと更に落ち着きのない様子を見せる。
「あぁ……そうか。びっくりした」
 思わずそう呟くと、望未が小さな安堵の溜め息をつく。そして気持ちを切り替え、再び決意に満ちた瞳でじっと俺を見つめた。
「一番魔法使いみたいだなって思ったのは、いろんな感情をわたしにくれたことなの」
 言葉を区切ると、強気な視線が少し和らぐ。
 これ以上口を挟むと話が進まない気がして、俺自身が口を開くのは話が終わってからにしようと心に決める。
 俺が何も言わないことを確認した望未は、更にその先の言葉を紡ぎ始めた。
「泣くことに関してはプロだったと思う。でもそれは何に対して泣いていたか、理由が分からないこともいくつかあったと思うの。だけど涼くんは、他の感情をくれるだけじゃなくて、確かに、理由をくれたと思う」
 幼馴染の言葉は、俺としては記憶にないことばかりだった。
 おかげで言葉の意味もろくに理解できずに、結局決心しても無意味だった。理解できないおかげで反論の言葉も思い付かず、黙りこむことしかできないのだから。
「楽しい時も悲しい時も、怒っている時も幸せな時も……いつも涼くんがいてくれた。涼くんと出会ってから、世界は変わったの」
 真っ赤な顔をしている望未を見て、これはやばいと脳内で警鐘が鳴り響く。
 今までこんな恥ずかしい話をしたことがあっただろうか?
 あったとしても、きっとその頃はそれが恥ずかしいことではないと思っていたに違いない。
 今ではあの頃とは比べ物にならないほどにいろんな経験をし、純粋な心は濁りを見せている。
 そしてその経験と濁りから……何となくその先を妄想してしまった。
 すっかり頬が赤く染まり、今にも雨が降り出しそうな揺れる瞳。
 わざわざ改まって普段と違った様子で話をする幼馴染……これを期待しないでどうするというのだ。
「えっとね、つまり……」
 ごくりと唾を飲み、心音が更にうるさく響いていく。
 しかし冷静さを全て失う前に『そんなうまい話はないのではないか』と我に返った。
 望未は大体直球でこない。予想の斜め上に行くような展開に持っていき、それによってがっかりしたり喜んだりと翻弄されてきたのだ。
 今回だって、『いい幼馴染だね』とか言われるに違いない。
 強く自身にそう言い聞かせ、全て消し去ることはできなかったけれど、冷静さを取り戻すことには成功した。
 もう何を言われても大丈夫だ。
「わたし、好きなの。涼くんのこと」
 そう、大丈夫だ。だいじょう……ぶ?
「えっ」
「幼馴染としてじゃなくて、一人の男の子として、涼くんが好き」
 直球過ぎた!
 裏の裏を読まれてしまったこの展開を、俺は未だに理解できない。
 どうせ幼馴染だからだろ、という返し技は見事に封じられ、急上昇する熱が思考回路を焼き付くしていく。
「涼くんは、わたしのこと、どう思ってる?」
 追い討ちをかけるように俺よりも背の低い幼馴染は、上目使いで下から顔を覗き込んでくる。
 時々このような仕草を見せては、その破壊力に何度倒れかけたか分からない。
 そんな幼馴染をこのタイミングで拝むことになってしまい、どんな顔をすればいいのか戸惑った。
「やっぱり、ただの幼馴染、かな?」
 ああ、もう逃げられない。
 直感的にそう思ってしまった俺は、ずっと誤魔化し隠し続けてきた気持ちを紐解き始める。


 望未のことは、きっとずっと好きだった。
 言ってしまえば出会ったあの日から好きだったのかもしれない。
 ただ、その気持ちが恋だの愛だの、そういう類いのものとは考えていなかった。
 いつもその感情は鼓動を加速させ、自分の中の熱が上昇し、思考回路を焼き尽くし、無意識のうちに幼馴染のことを考えるように思考を書き換えられてしまう。
 友人や家族と一緒にいるよりも、幼馴染と一緒にいる方が楽しくて幸せだという感覚は普通だと思っていた。
 望未を慰めることも、見守ることも、手を差し伸べることだって、勝手に自分の役目なんだと思い込んでいた。
 そう……俺達はずっと一緒にいるだろう……そういう風に世界は構築されたのだと思っていた。
 だから、成長していくにつれて望未にも俺にも周りの人間が増えていき、徐々に距離が広がっていくことに対して苛立ち、恐れたのだ。
 だんだんと泣かなくなってきた望未を、慰める頻度が少なくなってきたことを寂しく思っていた。
 それに気付いた時、救われたのは望未だけじゃないんだという事実に気付く。
 俺に生きる意味や目標や味わったことのない感情を与えてくれていたんだと、そう感じた。
 恋の形は人それぞれで、正解などないと言うのなら―――今抱いているこの感情こそが、俺の恋の形なんだろう。


「望未」
 不意に幼馴染の名前を口にした。
 暫く沈黙を保っていたせいだろうか? 望未はドキッとした様子を見せた後、緊張の面持ちで俺をじっと見つめた。
 ……多分、何を言われるかとドキドキしているに違いない。
「いつから、その……俺のこと好きだった?」
 恐る恐る尋ねると、ぱちくりと何度か瞬きを繰り返し、頬を真っ赤に染め上げた。
「い、いつって……えっと……」
 戸惑いがこちら側までしっかりと伝わってくる。
「……多分、中一くらい……かな」
 しかし、返答にはそれほど時間はかからなかった。
 恥ずかしそうに口にした言葉は俺に衝撃を与え、ゆっくりと答えを受け入れていく。
「それまでもきっと、好きだったと思うんだ。ただ、どこかでその好きが恋に変わっちゃったの。その切り替えは、ちゃんと覚えていないんだけど……」
 補足までする律儀な幼馴染に、俺の決意は次第に固まっていくように感じた。
 今目の前にいる幼馴染はきっと俺の返事のことで頭がいっぱいかもしれない。
 焦らされて、早くしろと思っているかもしれない。
 本当は俺の答えなんて当の昔に決まっていたのに……おどおどしている幼馴染が可愛いからそのために言わないなんて……それこそ、望未は泣いてしまうだろう。
「俺はさ、お前に触れたいとか、その……キスしたいとか、性的な目で見れるようになったりとか……そんなこと思い始めた辺りが変化だろうなって思ったよ。それが中二だった」
 話し始めてみると、キッカケや時期なんて些細な問題なのではないかと思った。
 そんな気持ちや驚きに満ちた幼馴染のことなんて知らない振りをして、俺は話を続けていく。
「他の女子とかに告白された経験はあって、多分、好きな人がいなければ付き合っとけばいいじゃんって、思ったこともあった。でも、その女子に触れたいとかそういう妄想をすると……真っ先に浮かぶのがお前だった。お前以外だと、どうしても嫌だって思っちまう」
 気づけば恥ずかしさというものはどこか吹き飛んでいた。
 一度話し始めてみれば、さっきまで躊躇して出てこなかった言葉なんてすらすらと流れて出る。
 普段の何倍のお喋りっぷりかは分からないけれど、それさえも知らない振りを決め込んで、一瞬躊躇ったその言葉を口にした。
「俺、最初に出会った時に、お前のことちゃんと守ってやらなきゃって、そう思った。そんでお前を慰めることが俺の役目だなんて……勝手に思い込んで。わざわざ隠れて泣いてくれてるのに、どうしても、見つけてしまう。ずっと、お前を見てたから」
 一度黙り込み、一つ息をついた。
 驚きに満ちた幼馴染の瞳は揺れて、今にも泣きだしそうな顔をしている。
 それは悲しいからか、嬉しいからか。後者であってほしいが、今の俺は自分のことで精一杯だ。
 いつ泣き出してもいいように、俺は最後の言葉を紡いだ。
 多分、一回しか言わない言葉。
 ずっと言えなくて、年季の入った恥ずかしい台詞。


「俺もお前が好きだ。お前が泣き虫を卒業するまで、慰める役目は俺が引き受けるからな」


 喋りすぎたのか、笑顔を浮かべようと思ったら力が抜けたものになってしまった。
 恥ずかしい台詞は口にした後とてつもない後悔を呼び、今すぐこの場から逃げ出したくなる。
 どうせ望未も同じ気持ちで、両想いだって分かっていても……やっぱり緊張はするものだ。
「え、あ……その……」
 今日一番の真っ赤な顔は、多分夕焼けのせいだとごまかされてもごまかしきれない。
 望未は口をパクパクしながら挙動不審に陥り、俺の顔を見れずにわたわたしている。
「涼くんが、その……直球でそう言うとは思わなかった……」
「それは俺の台詞でもあるぞ」
「なんで?」
「お前だって、直球で告ってきたじゃんか」
「うぅ……」
 先程までのぐいぐい攻めてきたあの強気な態度は、俺の一撃で一瞬にして消え去った。
 もじもじとする幼馴染は口ごもり始めると、途端に堪えていた涙をぽろぽろと零しはじめる。
「お、おい」
「あれ、なんで……」
 望未自身も泣いてしまっていることに気づいていなかったらしい。
 ごしごしと目をこすると余計に涙は零れ、いつもの表情から少しずつ歪んでいくのが分かる。
「別に、悲しいことなんて、ないから。多分これ、嬉し涙だから」
 俺までも動揺してしまいそうだったが、予想通り嬉し涙であると分かった瞬間、俺は望未の腕を掴み、そのままぐいっと身体を引き寄せた。
 今までどうしても、触れられなかった幼馴染。
 本当は抱きしめて、頭を撫でて、大丈夫だって言ってやりたかった。
 だけどそれができなかったのは……好きでもない男に触れられて嫌われるかもしれないって思われるのが、怖かっただけなのかもしれない。
 普段なら別の形で慰めるから、今回ようやく触れることで慰めるのは未知の領域で、本当はちょっと、怖かった。
 しかしそれは、無駄な心配だったらしい。
 少しずつ声を漏らしながら涙を流す幼馴染は、俺の背に手を回し、ぎゅっと力を込めて抱きしめ返す。
 その事実を確認すると、更に俺は抱きしめる力を強め、柔らかな髪の毛をそっと撫でた。
 俺からは絶対にしないような甘い香りが、脳内を更に破壊していくかのような錯覚に陥る。
 それでも今は、ぐっと堪えて俺の使命を果たすだけだ。
 何度もそう言い聞かせ、幼馴染が泣き止むまで、ずっとこうしていた。



「……ありがとね。嬉しくて、つい」
 数分後にようやく泣き止んだ望未は、恥ずかしそうにしながら俺の隣を歩いていた。
 普段ならもうとっくに家に着いてだらだらしているだろうに、まだ歩いていることがおかしくて、心の中だけでくすりと笑う。
「でも、嬉しかったなぁ。あの涼くんが一生懸命話してくれたの。貴重すぎて録音しとけばよかった」
「……それは勘弁してくれ」
 軽口を叩けるほどには回復し、表情にも余裕と笑顔が浮かんでいる。
 やっぱりそうしている幼馴染が一番好きだと、改めて思った。
 こうして歩いているだけだと、俺たちには何の変化も感じられないように思う。
 なのにやっぱりこうして一緒にいるだけでも満足している辺り、今すぐには何の変化も訪れないものなのかもしれないと考えた。
 いつかどこかで、恋に気づいたその時のように……突然何かがやってくるのだろう。
「そういえばさ」
 笑っていた望未が急に俺へと視線を移し、もうすぐ家に辿り着くところで再び足が止まった。
「なんだ?」
 さすがにいい加減家に帰って今日のことを思い返して悶え転げてしまいたかったが、それも簡単には許されないらしい。
 同じように足を止め、暫くの間じっと見つめあう。
「涼くんがわたしを魔法使いだって思った理由、まだ聞けてなかった」
 言い出した言葉は予想外すぎて、正直理解するのにも時間がかかった。
 何度か無言で瞬きをし、答えないと動くつもりはないと言いたげな幼馴染はじっと見つめたまま黙り込んでいる。
「それは……」
 話し出そうとしても、上手く言葉にならない。
 思いつくのは全部恥ずかしい台詞で、だけどそもそも、魔法使いだとかそういうこと自体が恥ずかしいことなんだ。
 ああ、なんて恥ずかしい話をしていたんだろう。
 今日の帰り道、帰り始めた初期を思い出して顔が熱くなる。
 それでも望未は真剣な顔をして俺を見ていて、ああ、もう逃げられないんだ、と悟った。
 一つ溜息をつき、もうどうにでもなれと半ば自棄になりながら理由を話し始める。
 その言葉がたとえ恥ずかしくとも、笑われてしまおうとも。
 目の前の幼馴染だって恥ずかしいことを散々晒してきたのだ。俺が今日一日やらかしたところで大したことはない。
 無駄な言い訳を心の中で何度か繰り返し、区切りがついたところでこう言った。


「お前と一緒だ。いろんな感情をくれたこと、あとは……恋をさせてくれたこと、だろうな」


 さすがに、恋は魔法だとかそういうこと直球なことだけは言えなかった。いや、同じようなことを言った気がするが……。
 ある意味魔法よりは呪いかもしれないが、呪いと言われると何だかマイナスな表現のような気がする。
 自分自身を狂わせ、時には醜い自分を曝け出す羽目になる。しかし、温かくて優しい気持ちになったり、幸せだったりというプラスの感情も与えてくれたはずだ。
 それならば、魔法という言葉に当てはめた方が近いような気がする。


 これ以上言うことはなくて、望未の反応を見ずに俺は自ら歩き出す。
 ……というよりは、反応が怖くて心臓がいい加減に持たないような気がしたから、逃げただけなのだけど。
 家の並びは最初に俺の家、その奥隣が望未の家となっている。
 先に辿り着いた俺は家の玄関まで黙々と歩いていき、ドアノブに手をかけようとしたところで振り返った。
「じゃあな」
 余裕ぶって笑みを浮かべてみせる。
 本当は嬉しくて、現実を上手く受け止めきれなくて、余裕なんて全くないはずで。
 それでもあまりカッコ悪いところは見せたくなくて、最後の力を振り絞るように、余裕を演じてみせる。
 望未は真っ赤な顔をしたまま、俺の視線の先で立ち尽くしたままだ。
 最後にその様子を見届け、俺はそのまま家の中へと入って行った。


「あ。兄貴おかえり……って、何ニヤけてるの?」
「……何でもない」
 リビングの隣を通り過ぎると、先に帰宅していた弟に出くわす。
 何かおかしなことを口にしたように見えたが、たとえ俺がだらしない顔をしていたとしても、仕方がないと諦めることしかできない。
 少し急ぎ足で自室へと入る。
 その瞬間にベッドへと倒れこみ、ボーっとしながら今日の出来事を思い出して悶えた。



「……夢、じゃないんだよな……」
 魔法は、解けたら消えてなくなったりしないだろうか?
 かけられた魔法が永遠に解けないものであることを信じるほかなくて、俺はゆっくりと起き上がり、窓の外を眺める。
 そこにはカーテンで閉ざされて中が見えない望未の部屋があり、見ているうちにカーテンが開き、向こう側の住人と目が合った。
 驚いたような瞳が俺の目に映り、一気に赤くなる頬が現実なんだと思い知らせる。



 そうして俺たちは、今まで越えられなかった一線を越えてしまったのだった。
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Copyright (c) 2014 Ayane Haduki All rights reserved.  (2014.02.09 UP)