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サヨナラの季節に

 永遠なんて存在しないんだろう、時間には。
 何度後悔したって、何度願ったって、何度行動を起こそうとしたって、時間というものが戻ることは一切ない。魔法とかどっかのタイムマシンが使えるなら可能性はあるだろうが、現実を見ればそんなものがないことは一目瞭然だ。
 だから、ただ前を向いて必死に歩くことしかできない。
 立ち止まることがあったとしても、泣きたくてくじけそうになっても、どんなことがあろうとも、だ。


 どんな時だって時間を止めることはできない。
 それが時間というもので、生きるってことなんだから。




***




「卒業おめでとう」
「お前もな」
 屋上に男女が二人。
 卒業式もあっさり終わり、楽しかった学校生活が幕を閉じた。
 何が楽しかったか、と言われると何も答えることはできない。しいて言うなら全部だ。
 一緒にいる男は呆然と空を眺め、わたし自身は屋上から見える景色をじっと眺めている。
 泣くかと思っていた卒業式では、周りが泣いているにも関わらず泣くことはできなかった。
 案外平気なものなんだと勝手に思い込んでいたけれど、何故か今とても辛い。
「……今日、晴れてよかったな」
 一緒にいる男がわたしに話しかける。他愛もない話。普段気にすることのないような天気の話。
 その言葉を聞いて、ようやく相手も尋常ではないことに気付いた。
 ……いつもの元気な声が、驚くほどに震えていたから。
「そう、だね。あったかくって、よかったよね」
 辛い気持ちを押し込めて、わたしはいつものように話しかける。
 だけど何故か、ヤツにつられて声が震えてしまった。
 今にもこぼれそうな涙を堪えながら、視線を動かさずに返答する。
 相手の顔を見れば、きっとわたしは泣いてしまう。そんな予感が過ぎったからだ。
 ほんと、式の間にみんなと泣いてしまいたかったよ。そうすればここでわざわざ我慢することなんてなかったんだ。……ていうか、何でそんなに泣きそうな声してるのよ。つられて泣きそうになるじゃない。
 わたしは心の中で毒づきながら、ただただ屋上からの景色を見つめることしかできない。

 そもそも、何でわたしはここにいるんだろうか。
 ……しかも相手はこの男。
 確かに、わたしの学校生活が楽しいと感じるようになったのはこの男のおかげだ。
 二年生で同じクラスになって、いつの間にか友人になり、いつの間にかここに一緒にいることもおかしくない……そんな親友にも似た存在にまで成長していた。
 だけど、この男にもわたしにもちゃんと同性の友達はいる。この男よりももっと長い付き合いのある友達も、いつも一緒にお昼ご飯を食べている友達も、部活の友達だっている。
 それなのに何故、式が終わってすぐに屋上へ駆け込んでしまったのだろう。
 わたしも、この男も。
 もっと傍にいて、笑いあう相手なんてたくさんいるはずなのに。

「お前に会えて、よかったよ」
 一言、ぽつりと相手はそう言った。
 それはあまりにも唐突で、わたしを驚かせるには十分な言葉。
「い、いきなり何言い出すのよ!」
 おかげで何も考えることなく言葉が飛び出してしまう。
 そして、思わず見てしまった相手の顔が変に焼き付いて離れなくて、わたしは複雑な気分に襲われた。あまりにも切なく笑うそれが、わたしの中で充満している寂しさを倍増させる。
 本当はわたしだって、卒業式が近づくたびにたくさんのことを伝えたくてしょうがなかった。
 会えてよかった。仲良くしてくれてありがとう。楽しかったよ。それで……それで、コイツがすごく好きだったことを。
 なのに、先に言われてしまった。
 ちょっと能天気なコイツに。
「そのまんまの意味。お前がいなかったら、多分オレ、何も変わらなかった」
 普段のわたしなら大げさだと思うのに、どうして涙を誘うのだろう。
「ありがとう」
 聞きなれた言葉なのに、どうしてこんなに嬉しいのだろう。
 どうしてコイツは、こんなに別の表情を晒してくれるのだろう。
 無邪気な子供みたいな顔をしていたはずなのに。
 太陽のように眩しかった表情は影を見せる。……まるで太陽が雲に隠れるように。
「わたしこそ……その、ありがとう」
 意地を張っても後悔するだけだ。
 わたしもコイツも、今日でお別れ。
 後で今の時間に戻りたいと願っても、時間を戻すことは不可能だから……そう思って、ようやくわたしは素直な気持ちを言葉にすることにした。
「わたしも、アンタと仲良くできてよかった。すごく楽しかった」
 だって今日は特別。明日からちゃんと会えるかどうかも分からない。なら、後悔しないように伝えるしかないんだ。それが今わたしがやるべきこと、やりたいこと。
「ほんと、なんかもう……何で……楽しい時間は、猛スピードで過ぎ去っちゃうんだろう、ね。もっと、アンタと一緒に……いたかったよぉ……」
 でも、少しだけ感情を込めすぎたかもしれない。
 絶対にコイツだけには涙を見せまいと思っていたけれど、素直になった途端に涙が止まらなくなってしまった。きっともう限界だったのだろう。本当は少し前からすごく泣きたくてしょうがなかったから。
 空はこんなにも晴れているのに、わたしにだけは雨が降る。
 青々とした空も、見慣れた街の景色も、学校のグラウンドも……視界が滲んで何も見えなくなってしまった。
「な、何で涙出るんだろ。卒業式の時、は、大丈夫だった、し、アンタの前で絶対泣くもんかって……思ってた、のにさ」
 情けないことに、コイツよりも声が震えてしまった。何度涙を拭っても止まらない。脳内では、楽しかった日々が簡単な映像と共に流れ続けている。
 どうして終わっちゃうんだろうか? 楽しいと感じていた日々は。
 顔を両手で覆って、目を瞑る。目を開けば、楽しい日々が訪れる前だったらよかったのに……目を開いても、ただ土砂降りの雨が降るだけだった。

「しょうがねーよ。時間に永遠なんてねーんだから」

 土砂降りの中で静かに、だけどはっきりとこの男は言い切った。わたしの問いかけに。
「オレだってやだよ。女々しいかもしんねーけど、ずっとこのまんまでいれたらいいって思う。生まれた頃からずっと傍にいたかったさ。ずっとお前といろんなもん見たかった。でも、そんなこと願ったって時間は戻らないし、止まらないし、どうしようもできねえ。これは現実で、いきなり猫型ロボットが来るような世界じゃねーんだよ。魔法使いになることだってできねーんだよ」
 震えた声のまま、この男はつらつらと喋り続ける。
 視界がようやくはっきりしてきた頃、ようやくこの男にも雨が降っていたことに気付いた。
「何でオレ……今更お前が好きだって、気付いたんだろ……」
 そして、アイツは爆弾のようなものを落としていく。あまりにも自然に言うものだから、わたしは反射的に爆弾をよけられず……。爆弾は容赦なく爆発し、その衝撃で止まったと思った雨は再び土砂降りの雨となった。
 天気雨、と言うのだろうか? 空は雲ひとつないいい天気のはずなのに、わたしたちにだけ雨が降り続ける。
 視界が再び滲んで、せっかく相手の泣き顔が見れるチャンスなのに何も見えなくなってしまった。
「オレ、お前のこと好きだった。深い意味はねえ。ただ、周りと同じように友達として好きだった。それはずっと前から感じてた。なのに……何で今更……それが恋愛感情だって、気付いたんだろ……」
 もっと早く知ることができたなら、わたしたちの生きる世界は変わっていたんだろうか?
 ……それも、今のわたしたちには知る由もない。




 あまりの悲しさに、とうとう声をあげて泣き始めてしまった。
 わたしが声をあげると相手も我慢しきれなくなったのか、少しだけ声を漏らして泣いた。
 寂しくて寂しくて寂しくて。
 一緒にいられなくなった日々を想像したら悲しくて。
 恋愛感情を抱いていたことに気付いたら切なくなって。
 今更コイツの存在の大きさに気付いて苦しくなって。

 小さな子供のように泣いた。
 わたしも、相手も。
 高校生を終えて、大人の階段を上ったはずのわたしたちが。
 男であるはずのコイツが。

 ……でも、しょうがない。小さな子供が抱く悲しさと今のわたしたちが抱く悲しさでは度合いが違いすぎる。
 そして今、男だからとか女だからとか、そういうことも関係なかった。

 気付いたことは、あまりにも切なかったから――。




 泣きやんで落ち着いた頃には、卒業生で賑わっていた校舎内や校門前も静寂に包まれていた。日は傾き、青々としていた空がオレンジ色に変わる。それは一日の終わりを教えてくれているようで、わたしたちを急かすようだった。
 わたしたちは恥ずかしさのあまり顔を合わせることができず、相手は空を、わたしは景色を眺めるしかない。
 お互いに赤くなった目、気まずい雰囲気。
 そういえば、さり気なく告白をされていたことを思い出して、顔までもが熱く、赤くなっていく気がする。
 あれは本当に恋だったのだろうか? ただ目の前に立ちはだかる別れに慌ててしまって、勢いで口走ってしまった冗談ではないだろうか?
 ひねくれたことを考えながら、どう返答すべきかに悩む。
 すっかり落ち着いたのだろうか。相手はちらちらとわたしへ視線を向けるようになった。わたしが視線を向けようとするとさっと別の方向へ向けられてしまい、なかなか視線が交わることがないけれど。
「あのさぁ、さっきの」
「な、なんだよ! おま、盛大に泣きやがってよぅ!!」
 さっきのは本当に告白だったの?
 って言おうと思ったら、思いっきり遮られてしまった。
 どうやらコイツは、さっき泣いてしまったことも、本音をボロボロと真面目に語ってしまったことも、告白と取られそうな言葉も、みんななかったことにしたいらしい。
 無理やり明るく振舞う相手を見て、わたしは思わず笑いたくなってしまった。
「わたしたち、ずっと友達でいれたらいいって思ってたけど」
 だからちょっとしたからかいも込めて、言葉を紡いでみる。
 少しだけ笑いながら、自分の素直な気持ちをぽつりぽつりと。
「そういうの超えるの、悪くないと思う」
 本音を言うことに自分は抵抗を感じていたけれど、既に開き直っていたせいか、わたしは恥ずかしがることなく口にすることが出来た。
 それに……こういうことは、今言わないといけない気がする。何もなかったことにされるのだけはどうしても嫌だった。
 確かにさっき二人して大泣きしたことはみっともないし、カッコ悪いし、情けなかった。わたしもアイツも早く忘れたい過去にしたいと心のどこかで思っているかもしれない。
 でも、もしもさっきの出来事がなかったことになるのならば、二人で一緒に泣いたことも、交わした言葉も、アイツの告白さえもなかったことになってしまう。
「友達も居心地良いよ。でもさ、それ以外の感情に気付いちゃったらさ……それじゃ、物足りなくなると思わない……?」
 告白だけはなかったことにされては困る。
 わたしは少し焦ってそんな言葉を口にした。焦っていても、それが素直な言葉であることは本当だけどね。


「こういうのが、多分……好きって、ことなんだよ、ね」


 相手が呆然としている間に、全てを吐き出してしまっていた。
 もっと早くに気付けたら……なんて今更過去を後悔することなんて考えたりしない。
 今日は別れの日。
 別れということは、明日からは学校で普通に会うみたいに、コイツに会えないってこと。
 それならわたしは……未来を選んで可能性を広げたかった。
「友達だから、また会って遊んだりできるかもしれないけど、さ。アンタのトクベツになれたら、会える機会……増えるんじゃないかって……。それに、離れてる間、アンタに彼女とかできたら……すごく辛いから」
 そこまで吐き出して、ようやく我に返った。
 痛いほど突き刺さる視線の先には、言葉を発しようとせず、ただただわたしを真っ直ぐ見つめるだけのアイツ。
 開き直れば何でも言えると思ったが、ふと今置かれている自分の状況や過去に口にした自分の言葉を思い返せば、わたしだって何も言えなくなる。
 恥ずかしさが最高潮にまで達し、相手の顔もまともに見られなくなってしまった。
 わたし、ものすごくものすごくものすごく恥ずかしい子だった。
 今よく考えれば、元々相手に『告白したのかそうでないのか』を確認したかっただけなんだ。
 なのに勝手に先走って、自分の気持ちを思いっきり吐き出したりして。
 相手に背を向けて空を仰ぐと、夕焼けがどんどん闇に染まっていく様が目に映る。
「そろそろ……帰ろうか」
 もう、今日学校に残っているのはわたしたちだけかもしれない。
 親だって卒業式の日なんだから、何かご馳走作って待っているかもしれないし。
 そんな言い訳を脳内に浮かべ、苦笑しながら逃げる用意を始める。
 ……ちょっとだけ、アイツがなかったことにしようとしていた理由がわかった気がする。身をもって感じないと理解できないのが……とてつもなく悔しいけど。
 でも、もやもやとした気持ちはいつの間にか晴れて、わたしに降り注ぐ雨も止んで……これでよかったのだ。
 もう伝えることなんてない。
 好きだって言った。
 ちゃんと伝えたんだから、きっとわたしは後悔なんてしない……。


「一人でべらべら喋りやがって」


 そう思った時、ふわりと、小さな風が吹き込んできた。
 思わず目を細め、ふわふわと揺れる髪の毛を咄嗟に押さえる。
 その僅かな隙を狙って……風と一緒に、アイツはわたしを包み込んだ。
 冷たい空気は一瞬にして暖かいものに変わり、ようやく落ち着いたはずの頬はどんどん高潮していく。
「えと、あのぅ……」
 唐突な展開に頭が追いつけないわたしは、今の気持ちをどう表現すれば良いのかさっぱり分からなかった。
 だって……今までこんな展開に発展したことなんてなかったんだもの。
 想像したこともなかった。
 ――こんなぬくもりがあることを、わたしは知らなかったのだ。
「オレだってな、言いたいことすっげーあるんだかんな。お前があんまり恥ずかしいことばっか言うから、何言いたかったか忘れちまったんだ。責任取れよ」
 いつもよりも早口な言葉が、いつもよりも近い距離で聞こえてくる。それと一緒に、驚くほど大きな心臓の音も。
 わたしばかりが恥ずかしいのかと思っていたけれど、わたしだけではなかった。
「責任って……何よ」
 恥ずかしさをできるだけ抑えて、わたしは尋ねる。
 すると、心地よかったぬくもりが消え、心臓の音が聞こえなくなった。
 視線を少しだけ上へ上げると、恥ずかしがっているのか夕焼けのせいなのか、頬が真っ赤なアイツの顔が瞳一杯に映った。困ったような表情が穏やかな笑顔に変わっていく。その瞳に映るアイツはとてもカッコよく映っていたから名残惜しいと思ったけれど、わたしはゆっくりと瞳を閉じてしまった。

 ……なんとなく、次に起こることを理解していたから。





 永遠なんて存在しないんだろう、時間には。
 何度後悔したって、何度願ったって、何度行動を起こそうとしたって、時間というものが戻ることは一切ない。魔法とかどっかのタイムマシンが使えるなら可能性はあるだろうが、現実を見ればそんなものがないことは一目瞭然だ。
 だから、ただ前を向いて必死に歩くことしかできない。
 立ち止まることがあったとしても、泣きたくてくじけそうになっても、どんなことがあろうとも、だ。


 そんな道を、愛する人と一緒に歩んでいく。
 些細なことで喧嘩したり、すれ違いがあったりしたとしても、わたしたちはきっと、歩いていくんだろう。
 立ち止まることがあっても、泣きたくてくじけそうになっても、相手がいれば支えてくれる……きっと、励ましてくれる。
 そうすれば、もう少しだけ未来が楽しくなれる気がする。
 わたしたちは、それを信じているから……。


 時間は止まることを知らない。
 だけどわたしたちは、その限られた時間を幸せに生きていく。
 楽しいのも苦しいのも全部背負いながら、ゆっくりと。
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Copyright (c) 2008 Ayane Haduki All rights reserved.  (2008.03.30 初出/2017.04.09 UP)