そわそわの理由
カントクの家。
広くて綺麗でシャレオッティーで最新鋭で。
居心地が良くてつい居座っちゃって、むしろこの家の子になれたらいいのにな、なんて図々しいことも考えたりして。
でも今は……とっても落ち着きません。
「ひおたん何そわそわしてんの?」
今日も今日とてカントクの家にいる私は、一人落ち着かない様子でソファの上に縮こまっていた。
そんな私を見透かすように、カントクは私にココアを手渡しながら問いかける。
「べっ! べべべべ別にそんなつもりは!」
震える手がマグカップをひっくり返さないよう気を付けていると、平然を装う余裕などなくなり、動揺が露わになってしまった。
カントクはにやにやと面白いものを見つけたような表情をしながら、遠慮することなく私の隣に座る。
「何を今更緊張してるの? 何度も無防備に一人暮らしの男の家に来てるでしょ?」
「ま! まるで私が男の人の家を渡り歩いてるみたいな言い方するのやめてくださいっ!!」
「いやいや、俺そこまで言ってないよ?」
「悪意を感じます!」
「被害妄想は勘弁してくれよ〜」
「む〜〜〜〜! カントクのバカバカ!」
「はっはっは! 怒っても可愛いから痛くもかゆくもないぞ! てかちょっと落ち着いてきた?」
「えっ……えっとぉ……たぶん?」
明らかに気を遣われている会話だったけれど、確かに少しは落ち着いた気がする。
更には頭をなでなでされて、私はくすぐったいような、だけど居心地のいい今座っている場所に安堵しながらマグカップに口を付けた。
こうして緊張してしまったのには理由がある。
それは、私とカントクがお付き合いすることになり、恋人同士になったからだ。
恋人同士になって早二週間が経とうとしている今日、付き合って初めてカントクの家に遊びに来ている。
付き合う前にあれだけ散々遊びに行っていたというのに、緊張してなかなか遊びに行けなかったのだ。
そして今日、ようやく決意を固めて遊びにやって来た……わけではなく、カントクに騙されるように連れてこられて、心の準備もままならない形でここにいる。
だけどやっぱり、カントクの傍にいるのは嬉しいし、落ち着く。
頭を撫でられるのも心地よくて、心が満たされていく感覚がたまらないと思わず顔がにやけた。
ココアは甘くておいしくて、今の私たちとお揃いみたい。
そういえば久しぶりに二人っきりになれたような気がする。
恋人同士になってから、二人っきりになるのが気まずかったのだ。いや……照れくさかったという方が合ってるかもしれない。
「ひーおたんっ」
「ふわっ!」
またしても油断していたところで、カントクが私に横から抱きついてきた。
ココアは大分飲んでしまっていたので零す危険性が低くなっている……とはいえ、驚きすぎてマグカップを落っことすところだったのは十分危ない。
「も、もーっ! 急になんなんですか!」
思わず怒鳴ってしまうと、手に持っていたマグカップを取り上げられた。
それは近くのテーブルに置かれ、再び抱きつかれる。
「もーはこっちのセリフだよー。ずっと避けられてさ……恋人らしいこともできなくて、お預け食らってた俺のことも考えてよー」
いじけたような声や言葉がまるでこどものようで、すぐに感情が表に出ないけれど、嬉しかった。
あの日……想いが通じ合ったあの日が夢だったんじゃないかと、浮かれているのは私だけなんじゃないかと思ったら怖くて……うっかり避けるような形になってしまったのは反省する。
「ご、ごめんなさい……」
ぽつりと呟きながら、抱き枕のごとく抱きつかれるがままになった。
こうしてくっつくことなんて初めてかもしれない。
おんぶされたり、手を差し伸べられてそれを取ったり……そういうことは今までにもあったのだ。
でもこれは、完全に恋人同士がやる行為。
「ひおたんは、俺の彼女になれて嬉しい?」
至近距離から、酷く甘い声が聞こえた。
真横にいるカントクの表情もどこか色っぽくて、ぐるぐると混乱の渦に飲まれていくようだ。
意地悪なカントクでも、優しいだけのカントクでもない。
きっとそれは、新しいカントクの一面。
「も、もちろん! 嬉しいです! 嬉しいに決まってます!」
慌てなくたってカントクは私の言葉を待ってくれるはずだと信じている。
でもすぐに伝えたくて、何も考えずに口を開いたら叫ぶような形になってしまった。
「あ! えっと……その。避けて……ごめんなさい。照れくさくて、どんな顔したらいいかとかわかんなくて……」
「笑えばいいと思うよ」
「そ、そういうネタはいいんですっ!」
「すまん、条件反射でつい」
「もうっ」
顔を合わせると、思わず笑みがこぼれる。
そして、幸せだなぁ……なんてしみじみ思ってしまうのだ。
「俺も! めちゃくちゃ嬉しい!」
嬉しそうに叫ぶカントクが可愛い! と思ったのも束の間、今度は真正面からぎゅっと抱きしめられ、顔が見えなくなってしまう。
びっくりしたけれど、さっきの不意打ちよりは全然マシで、私もカントクを抱きしめ返した。
「あ〜〜〜楽しみだな〜〜〜。ひおたんといろんなところ行ったり手つないだりあーんしたり」
「はい! 楽しみです!」
「無人島に漂流しちゃって寒さを凌ぐために互いの肌で温めあっているうちにいい感じになってあんなことやこんなことになったりして……」
「はい! たの……って! そんな展開ありですか!?」
「人生山あり谷あり障子に目あり。何がどうなるかなんて分からないのだよ、ひおたんくん」
「そうですか……でも無人島は難しいと思います」
「マジレスありがとう……そういうとこも好きだよ」
ふざけた会話だと笑ってしまいそうだ。
だけど、カントクから伝わってくる心音は大きくて速くて、まるでこの会話は心音を隠すためのものではないのかと思ったら、余計に笑ってしまいそうでちょっと堪えるのが辛い。
「わ、私も、カントクのこと好きです!」
「ありがとうひおたん……でも笑いながら言うのはやめようね」
何だかこれからのカントクと過ごす日々が、とっても楽しみです。