好きになるほど情けなくなっていく。

「ああ、なんてこった」

 何度その言葉を呟いたか、数えることさえ忘れてしまった。
 とにかく今の俺は、神に見捨てられた哀れな男に過ぎない。
 ルーシーとの念願のデートも中断され、ルーシーが探している復讐相手が俺の親父で、しかも理由が俺自身にあって……。

 仕事をしていると、気分は少しだけ紛れていた。
 凡ミスばかりやらかして注意されるけど、それもまた気が紛れてホッとする。
 千早ちゃんには日頃の恨みを晴らすかのごとく傷口をえぐられるけれど、言ってる事は間違っていないことくらい分かっている。
 悩みの根源であるルーシーと接するのは気まずいけれど、いちいち可愛いからますます好きになって、その分罪悪感でいっぱいになっていく。

 結局のところ、仕事に行っても傷はえぐられているのだけど、家で一人抱え込むよりは断然マシだった。
 家にいるとルーシーのことしか考えられない。
 今まさにその家にいるのだけど、これまた鬱状態で参る。
 本当のことを言えないまま季節は変わってしまい、それだけルーシーとの関係もこじれていく。
 好きで、好きだから、嫌われたくないから言いたくない。
 俺のワガママは俺自身さえも苦しめ、誰も得をしない状況に陥っていった。

 ああ、この世で一番バカなのは俺なんだなぁ。

 天才肌で調子に乗ってへらへらと生きてきたツケがどんどん俺に降りかかっていく。
 何だかんだで何でもできると思っていたのに、今の俺は何も出来ない臆病者でしかない。
「うわあああほんと情けなさすぎる俺ええええええ!」
 頭を抱えて喚いても、この部屋で一瞬響いて消えるだけだ。
 誰にも届かないまま消えるだけで、何をどうしたって変わらない。
 一宮さんの言う通り、時間が経てば経つほど本当のことが言い辛くなっていく。
『明日言う』と追い込んでも、結局は言えないままでずるずる引きずってしまった。
 ルーシーに嫌われると怯えてる間に嫌われてしまうんじゃないか……?
 悪循環ばかりが続く現状はよろしくない。
 ……分かっていても、現実は上手くいかないものだ。


 携帯を開くと、デートの時のルーシーの写メが見れる。
 不思議なものだ。
 ルーシーの連絡先は知らないくせに、ルーシーの可愛い写メだけは携帯に入っている。
 あの時は何も知らずに楽しんで、ルーシーも可愛くて、ただ幸せで満ち溢れていた時間だった。
 あの時そのままルーシーの傍にいれたなら。
 親父に会わなかったら。
 真実を知ることがなかったら……。
「……ルーシー……」
 気付いたら、外では絶対に我慢していた涙があふれていく。
 家だからと気を抜いてしまうから、だから今は家が好きになれないんだ。
 いや……多分、今を好きになれない。
 何にも出来ない俺を好きになれない。
 なのに、ルーシーだけは嫌いになれない。

「呪い、いつ解けるんだよ……」
 今日何度目かの独り言を口にし、小さく溜息をつく。
 貴重な社会人の休日を、鬱な気分で過ごしてしまった。
 こんな気持ちは日曜の夕方だけで十分だというのに。
 もしも呪いが解けたら、その反動でルーシーを思いっきり抱きしめて、ひたすらからかって、笑って……もっとルーシーを、ルーシーを……。
「でもなぁ」



 呪いが解ける時はきっと、名前問題の結末も迎えてしまうんだろう。



 それに気付いてまた、俺は大きく溜息をついた。
 結末が怖くて知りたくないから、また俺は考えなかったことにして落ち込むんだ。
 全部全部、自分を守るため。
 あまりにも情けない自分を何度も罵りながら、ぼすんとベッドに転がり込んだ。
「…………本気にならなきゃ、よかったな」
 だけどそれは、一番どうしようもない後悔だ。


 ルーシーのことを本気で好きじゃなかったら、俺はこんな風に悩まなかったはずだから。