恋の話をしよう

キョン×ハルヒ


※大学生設定 捏造注意※





 この物語は、ハルヒの一言から始まった。
 いや、厳密に言えばもっと前から始まっていたんだろうが、俺の中では今この瞬間に始まった認識のため、先程のような表現になったと補足させてもらう。というより、補足せずともいつもハルヒのろくでもない一言で始まっちまうんだよな。

 あ……それから先に言っておくが、俺たちは今大学生である。あの、毎朝強制ハイキングで身体を鍛えながら通っていた愛すべき高校とはおさらばし、大変通いやすい場所のとある大学に通っているのだ。
 高校二年からハルヒがちょくちょく勉強を教えてくれたおかげで俺の眠っていた天才的能力が開花し、学力がぐんぐん上がっちまったせいか、ハルヒがわざわざ俺のレベルに落としてくれたおかげか、何かの呪いか、赤い糸的な縁か、怪しい機関の力なのか、神の気まぐれか……なんだって理由は思いついてしまうのだが、とりあえず奇跡的に大学まで同じである。
 なお、朝比奈さんは留学すると告げて日本を去った……というより未来に帰るはずだったが、何故か日本のどこかにいるらしい。長門と古泉は同じ大学に通っていると表向き話していたが、実際在籍はしていないらしい。それぞれの機関やらなんやらで従順に働いているとかなんとか。よく知らねーけどな。

 まあそんな感じで、前置きはこの辺にしておこう。
 何せ、俺たちの団長様はあまり待ってくれやしないのだから。



「あんた、あたしに付き合いなさい」

 いつだって唐突に、こんな感じで俺を非日常に引き込むハルヒは、またしても何かの思い付きでそう言った。本日最後の講義が終わり、教室から続々と出ていく生徒たちの流れに乗るつもりだったが、隣に座っていた人物からすっかり足止めを食らってしまった。というか大学生になってもなお、不思議探しに付き合わせるとは思ってもみなかった。こいつ、変なところで知能が成長してないんだよな。やれやれだぜ。
「今度はどこに付き合えって?」
 俺は小さく溜息をつきながら尋ねる。きっとこの後、強引にどこかへ連れ回される気しかしないため、とりあえず荷物は手早く鞄にしまう。
「あ……言い間違えたわ」
 しかし、鞄のチャックを閉めようとしたところで手が止まった。ハルヒの妙な台詞に、何故か違和感を覚えたせいだろう。いや、別に何かあるわけではないと思うのだが……何か直感的に、何故か俺の動きを止めてしまう力があったのだ。さっきから何とか何故とか言い過ぎだな俺。
 怪訝な視線でハルヒを見つめてみる。
 どことなく落ち着かない様子のハルヒは、視線をあちらこちらと泳がせながら、一向に続きを口にしない。
 この辺りでようやく本能的に感じていた違和感は本物になった気がして、俺はごくりと唾を飲んだ。マジかよ。またおかしな事件の前触れかよ。
「ハルヒ?」
 思わず名前を呼ぶ。呼ばなきゃ、もしかしたらいつまでもこの状態が続いてしまうような気がしたからだ。
 気付けば教室には俺とハルヒだけが取り残され、静寂がこの教室を支配する。そこで隣に座っていたハルヒがガタガタと音を立てながら立ち上がり、わざわざ俺の目の前に立つ。いつもなら仁王立ちで偉そうにふんぞり返っていたと思ったが、今はハルヒがどこか小さく見えた。
 ハルヒに似合わない表現だと俺は心から思うが、しかしこれしか現状に合う表現が思いつかないので言わせてもらう。なんか、もじもじしているのだ。朝比奈さんが恥らってもじもじしているかのような、そういうタイプのもじもじなのだ。もうこれだけで大事件だ。ここに谷口がいたら、おそらく大騒ぎでクラスメートに話すことだろう。
 だが、そういう時間も終わりだ。
 相手はあのハルヒだぞ? 時に俺よりも男らしいところを見せる時もある、あのハルヒだ。こんなところでくたばるようなヤツではない。
「いい? 一回しか言わないからよく聞きなさい」
 決心がついたのか、ようやくいつものハルヒらしい台詞が飛び出した。俺は黙ってその先を待つ。

「キョン。あたし"と"付き合いなさい」

 一瞬、先程の台詞とどう違うのか分からなかった。
 何を改まって同じ台詞を言い直しているのだろうと思った。だから聞き返そうかと思った……のだが。
「え……っと?」
 そこまで口にして、何も言えなくなった。
 俺の目の前に広がっている光景は、世界の終わりを示唆しているのかと錯覚するのも仕方のないものだった。
『今度はどこに付き合えって?』
 なんて言えるような空気ではない。
 ハルヒの真っ赤な顔は夕焼けのせいではない。
 それはつまり、俺もまだ真意が見えないのだが、俺の自意識過剰とか自惚れとかそういうのでなければ……。
「言っとくけど! どこかに行くとかそういう話じゃないんだからね! あんたそういうベタなこと言いそう……てか、さっき言ってたから先に言っとくけど!」
 ほら、怒られた。言わなくても怒られた。
 そこからは、ハルヒの中でせき止めていた何かがぶっ壊れたせいか、ものすごい勢いで喋りはじめる。
「そもそも、あんたにこんなこと言うとか、こんな感情抱くとかありえないって思ってたけど、でもいろいろ思い返せばそういう節があったし、認めざるを得ないというか、だからあたしも受け入れて……」
「それはつまり、俺のことが好きってことか?」
「! バカ! アホキョン!」
「ぐえっ」
 直球で尋ねたら、腹パン食らった。昔、朝比奈さんが可愛らしくぽかぽか叩いていたのとは威力が違いすぎる。おかげで腹を押さえてうずくまる始末だ。
「……いや、まあそうなんだけど」
 腹パンする前に認めてほしかった……。
 過激な照れ隠しの被害に遭った俺は、うっかり声にしそうになった恨み言を呑み込んでハルヒを見る。
 真っ赤な顔で、殴ったことに少し罪悪感を抱いているかのような様子が、妙にくすぐったかった。こんなハルヒの顔を見るのは初めてだったのだ。そしてそれを見た俺は、不覚にも愛しいと思ってしまったのだ。
 だから、勢いで言ってしまった。


「……じゃあ、付き合うか。俺たち」


 その選択は、少々急ぎ過ぎたのかもしれない。俺の中で一瞬後悔が過ぎった気もする。
 しかし、それもすぐに消えてなくなった。
 だってそうだろう?
 落ち込み気味だった表情から、ぱあっと花が開花したように嬉しそうな笑みを浮かべたのだから。
 こんなに可愛いハルヒを見るのは初めてで、それを拝めただけで、俺の心は驚くほどに喜びで満ちていたのだから。
「浮気したら絶対許さないから」
 おいおい、俺にそんな度胸があるっていうのかよ。
「あんたすぐ女の子にデレデレしそうだしね。変なのに引っかかったら、付き合ってるあたしがバカみたいでしょ」
 もしやこれは、ヤキモチというやつか? 今付き合うことになったばかりなのに。というか今のところハルヒが言う女子がいない気がするのだが。
 ぐるぐると頭の中で考えてみたが、正直気持ちが浮つきすぎて何も考えられない。よく考えたら俺今まで彼女がいなかった。え、彼女いない歴=年齢を卒業したのか?


「おい、お前ら何やってるんだ?」
 すっかり二人だけの世界に入り浸っていたところで、不意に第三者の声が響き渡った。
 特にやましいことはしていないのだが、変に動揺する俺とハルヒ。視線を声がする方へ移すと、先程教壇で講義していた教授だった。
「き……教授は? どうされたんですか?」
 真っ白な脳から、なんとか言葉を絞り出して尋ねる。
「ああ。ちょっと忘れ物をしてな、戻ってきたんだ」
「へ、へぇ……そうですか」
 教授は教壇の中から何か本を手に持つと、それを俺たちに見せびらかした。
「仲良しは結構だが、校内でおかしなことはするなよ?」
「なっ!」
 ハルヒが思わず何か言い返そうとしたが、相手が教授のためぐっと堪える。多分大きな反応をしていたら、もっと面白がられていたに違いない。
「はは、冗談だ。用がないならさっさと帰れよ~」
 空気を読んだのか、教授はさっさと教室から去っていき、再び静寂が訪れる。
「俺たちも帰るか」
「そ……そうね」
 こうして、俺たちはようやく教室から出ていったのであった。




 そう――これは俺とハルヒの、恋のはなしだ。



***


「ほほう。そんなおもしろ……いや、興味深い出来事があったんですね」
 おい。今面白そうって言おうとしただろう。
「いやいや、ようやく前に進んだのかと安堵しているんですよ。これでも」

 胡散臭い笑みを浮かべながら俺の目の前で、優雅にコーヒーを啜るのは、SOS団副団長の古泉一樹。いつも余裕たっぷりの喋り方で、時々妙にイラつく時がある。今はとてもイラついている。面白がられているからな。
 古泉の距離感は昔から近いため、カウンターに座るのはやめてテーブル席を選んだ。周りから変な目で見られるのはごめんだ。
 何故古泉とカフェに来ているのかと言うと、昨日の出来事が信じられなかったからだ。
 もしかしたら何かの夢か幻覚か、また非現実的な体験をしてしまったのではないのか。様々な事件に巻き込まれていた俺としては、すっかり疑り深くなってしまい、こうして現象の関係者に確認を取ってしまったというわけだ。
 昨日起こったことをざっくりと説明したところ、興味深いなどと言われてしまったが……。

「とりあえず結論から言いますと、貴方が体験したという昨日の出来事は現実です。おかしな現象が起きているわけではありません。安心して清い交際をお楽しみください」
 言い方がいちいち腹立つなこいつ。昨日俺が受けたハルヒの腹パンを食らわせてやりたい気分だ。
「それは勘弁してください」
 心の声にまで耳を傾けるんじゃない。
「いや、それにしてもついにこの時が来ましたか。長かったですね」
 古泉はようやく俺の心の声を無視し、しみじみと語り始めた。
「どういうことだ」
「だって、恋人になるのも時間の問題と思っていましたからね。高校生の間に交際へ発展するものと予想していたことを考えると、遅いくらいでしょうか。どちらにせよめでたいことです」
 悪かったな、進展なくて。
「涼宮さんが恋愛感情を自覚し始めてからの閉鎖空間は大変でした」
 やれやれと首を振りながら、古泉は当時の苦労を思い出しているようだ。そこは俺も知らない話になる。
「貴方とちょっとでもいい感じになれば夜通しお祭り状態で花火なんか上がってましたし、悩み苦しんだり嫉妬心で心が乱れると大暴れされていましたから。ハラハラしました」
 なんて面倒な女なんだ、ハルヒよ。
「最近はいつ告白するか悩まれていたせいもあったのか、かなり荒れてらっしゃいましたね」
 ああ……機関とかその辺にそういう事情がばれてるハルヒかわいそうだな。
「事情を知っているのはごく一部なのでご安心ください。プライバシーもありますし」
 あの胡散臭い表情と喋り方で言われても説得力はないが、まあここは一応信じておくことにしよう。
 俺は小さく溜息をつきながら、天を仰いだ。


 完全に、昨日の出来事は本物であることが分かってしまった。何も問題ない。本当の本当に、正真正銘俺とハルヒは恋人同士。ハルヒは俺のことが好きで、俺も……多分、ハルヒが好きで。
 はっきり言い切れないのは、まだ戸惑いが残っているせいだと思う。恋人になりたいなんて考えたこともなかったからだ。まあ、今のハルヒが誰かの彼女になるかもしれないと考えると、腸が煮えくり返りそうだし、離したくないと思う。あの時、照れ隠しで腹パンを食らったあの時……俺はハルヒを愛しいと思ってしまった。それがすべての答えだ。
 一応言うが、Mではないぞ。腹パンにときめいたわけではない。断じて。


「まさか……」
 思考がキリよく途切れたところで、俺はとある事実に気づいてしまった。
「朝比奈さんが未だに未来に帰ってないのって……」
「はい。お二人の行く末が気になって仕方がないとのことです」
 そんなことで留まっていいのかよ未来人!
「長門さんも多少、滞在理由にお二人の件が関わっています」
 宇宙人!
「僕もそうかもしれません」
 どいつもこいつも!
「それだけお二人が大切ってことですよ」
 いい感じのことを言って古泉はこの場を収めようとするが、あまり釈然としない。だが、うだうだ考えていてもしょうがないので、いい方向に受け入れることにする。
「あーそうかよ」
 受け入れると何故か照れくさくなって、俺は古泉から目を逸らした。
 そこで古泉が空気を読まず、とんでもないことを口にする。


「お二人のことですからきっと大丈夫だと思いますが、貴方の行動次第で世界が滅亡する恐れもございますので、その辺は頭の片隅に置いてくださいね」
 ……おい、ちょっと荷が重すぎやしないか?

 脅迫とも取れる忠告に、俺はやれやれと溜息をついたのだった。
「……努力はする」