昨日の神人倒しは本当に苦労した。
ほぼ徹夜で働いていた僕は、それでもいつもの表情を崩さないように、必死で平然な様子を見せびらかしていた。
涼宮ハルヒは、そんなにストレスが溜まっていたんだろうか?
昨日の時点で心当たりのない僕は、首を傾げて、あらゆる可能性を探し出すしかなかった。
……まあ原因の心当たりについては、キョンくんに当たってみないと分からないんだが。
本日の一年生は、一時間追加授業が用意されており、この時間いつも部室でのんびり過ごす僕らは、別の場所にいた。
その授業というのは、学校にOBの著名人がわざわざ足を運んで、生徒たちに話をするというもの。
僕も実際体育館で話を聞かねばならないのだが、あまりの疲労に耐えられず、長時間話を聞けそうにないと思い、担任に「保健室へ行ってくる」と言って部室を目指して歩いていた。
部室なら誰もいないだろう。
何故かその時そう思っていた。その時脳が正常に働かなかったのは、きっと疲れが溜まっていたからだ。そう、信じていたかった。
「きゃああ!!」
扉を開けた瞬間、着替えに徹している朝比奈みくるが目に映った。
そこでようやく、現実を知ることになる――。
「そうだったんですかぁ」
着替えが終わり、おずおずと僕を呼びに来た朝比奈みくるは、僕のどうしようもない状態を説明すると、納得したようにそう返事をした。
「すみません。誰もいないと思っていたものですから……」
よく考えたら、朝比奈みくるは一個年上の設定だった。
今更のように設定を思い出し、うっかり面倒だなと思う。
「最近は着替えの途中に誰か来ることはなかったので……叫んじゃってすみませんでした」
どちらかと言うと僕が悪かったので、へこへこと何度も頭を下げる朝比奈みくるを見ていると、少しだけ申し訳ない気持ちに陥る。
「そんなに謝らないでください。元々僕が悪いので」
「そんなことないですよぉ! あたしが……」
これは、無限ループの匂いがする。
「じゃあ、おあいこということで、この件はおしまいにしませんか?」
疲れ切っている身体を更に疲れさせる必要はない。
僕は早々にループから脱出するための提案を繰り出していた。
「そうですね。このままじゃずっと謝り続けそうですし……」
彼女も似たようなことを考えていたのだろうか?
躊躇うことなく僕の提案に賛成し、その話題も終了となった。
ほっと溜息をつき、部室にかかった時計を見つめながら、どれくらい仮眠を取れるか確認する。
……三十分くらいなら眠れそうだな。
確認して安心はするものの、次の問題をどう解決するか、とても困惑する羽目になる。
「お茶淹れましょうか?」
朝比奈みくるだ。
できれば誰にも見られない場所で眠りにつきたかった。
それは、今まで隙のない自分を見せ付けていたからかもしれない。
今思えば、部室に来たことは間違いだったんだ。
……いろんな意味で、保健室に行っていた方がよかったのかもしれない。
「あ、あのぅ……古泉くん……」
無駄に脳をフル回転させている僕に、朝比奈みくるが恐る恐るという感じで話しかけてきた。
ちょっとだけ隙を与えてしまった僕は、少し驚く羽目になり、笑顔を忘れて振り返ってしまった。
……すぐに笑顔に戻したけれど。
「少し、お休みになられますか?」
でも、その戻した笑顔もすぐにどこかへ消えてしまった。
「……え?」
あまりにも不意打ち過ぎて、僕は驚きを隠せないでいる。
そんなにさらけ出していたのだろうか?
これでもポーカーフェイスは得意な方なんだが。
「何だか疲れているみたいですよ? 目の下にクマが……」
しまった。
僕はあまりにも疲れていたせいで、そんな単純なことに気付けなかった。
最初は呆然としていた朝比奈みくるも、少しだけ吹き出すように笑って、柔らかな優しい笑顔を浮かべた。
「あの……そんなに、酷いですか?」
髪を整える時に鏡は見たはずなんだが……。
そんなに笑われるほどなんだろうか?
きょとんとするしかなく、思わず首を傾げてしまう。
一頻り笑った後、朝比奈みくるは笑顔を浮かべながら言った。
「いえ、あのぅ……古泉くんっていつも余裕そうっていうか、隙がないなって思っていたので……なんか、今日はすごく新鮮な感じがします」
とても、意外な反応だ。
僕は心底、部室に来るんじゃなかったと後悔している。
そして、朝比奈みくる以外の人間がいないことに感謝した。
僕は隙がない人間で、涼宮ハルヒの要求をできる限りで呑み込み、機関のために尽くす人間である。
だから、無駄に自分のどうしようもない姿を晒すのは避けたかったのだ。
……特に、SOS団の人間には。
僕は朝比奈みくるにことの事情を説明した。
眠る時間をあまり削りたくないため、本当に簡単な説明しかしなかったものの、その短い言葉を彼女は理解し、すぐに状況を把握してくれた。
「じゃあ、授業が終わる五分前に起こしますね」
「よろしくお願いします」
多少のロスタイムはあったものの、僕はようやく少しの仮眠をとることにした。
ある意味、昼寝にはいい時間かもしれない。
「おやすみなさい」
そして……彼女が傍にいる仮眠は、とても幸せなものだと思った。
何故安心しているのか、嬉しいと思っているのか、よく分からないけれど。
その反面、いろんな意味であまりよく眠れなかったのは、どうしようもない現実だった。