仮眠30分

古泉×みくる


 昨日の神人倒しは本当に苦労した。
 ほぼ徹夜で働いていた僕は、それでもいつもの表情を崩さないように、必死で平然な様子を見せびらかしていた。
 涼宮ハルヒは、そんなにストレスが溜まっていたんだろうか?
 昨日の時点で心当たりのない僕は、首を傾げて、あらゆる可能性を探し出すしかなかった。
 ……まあ原因の心当たりについては、キョンくんに当たってみないと分からないんだが。


 本日の一年生は、一時間追加授業が用意されており、この時間いつも部室でのんびり過ごす僕らは、別の場所にいた。
 その授業というのは、学校にOBの著名人がわざわざ足を運んで、生徒たちに話をするというもの。
 僕も実際体育館で話を聞かねばならないのだが、あまりの疲労に耐えられず、長時間話を聞けそうにないと思い、担任に「保健室へ行ってくる」と言って部室を目指して歩いていた。
 部室なら誰もいないだろう。
 何故かその時そう思っていた。その時脳が正常に働かなかったのは、きっと疲れが溜まっていたからだ。そう、信じていたかった。

「きゃああ!!」

 扉を開けた瞬間、着替えに徹している朝比奈みくるが目に映った。
 そこでようやく、現実を知ることになる――。



「そうだったんですかぁ」
 着替えが終わり、おずおずと僕を呼びに来た朝比奈みくるは、僕のどうしようもない状態を説明すると、納得したようにそう返事をした。
「すみません。誰もいないと思っていたものですから……」
 よく考えたら、朝比奈みくるは一個年上の設定だった。
 今更のように設定を思い出し、うっかり面倒だなと思う。
「最近は着替えの途中に誰か来ることはなかったので……叫んじゃってすみませんでした」
 どちらかと言うと僕が悪かったので、へこへこと何度も頭を下げる朝比奈みくるを見ていると、少しだけ申し訳ない気持ちに陥る。
「そんなに謝らないでください。元々僕が悪いので」
「そんなことないですよぉ! あたしが……」
 これは、無限ループの匂いがする。
「じゃあ、おあいこということで、この件はおしまいにしませんか?」
 疲れ切っている身体を更に疲れさせる必要はない。
 僕は早々にループから脱出するための提案を繰り出していた。
「そうですね。このままじゃずっと謝り続けそうですし……」
 彼女も似たようなことを考えていたのだろうか?
 躊躇うことなく僕の提案に賛成し、その話題も終了となった。
 ほっと溜息をつき、部室にかかった時計を見つめながら、どれくらい仮眠を取れるか確認する。
 ……三十分くらいなら眠れそうだな。
 確認して安心はするものの、次の問題をどう解決するか、とても困惑する羽目になる。

「お茶淹れましょうか?」
 朝比奈みくるだ。

 できれば誰にも見られない場所で眠りにつきたかった。
 それは、今まで隙のない自分を見せ付けていたからかもしれない。
 今思えば、部室に来たことは間違いだったんだ。
 ……いろんな意味で、保健室に行っていた方がよかったのかもしれない。
「あ、あのぅ……古泉くん……」
 無駄に脳をフル回転させている僕に、朝比奈みくるが恐る恐るという感じで話しかけてきた。
 ちょっとだけ隙を与えてしまった僕は、少し驚く羽目になり、笑顔を忘れて振り返ってしまった。
 ……すぐに笑顔に戻したけれど。
「少し、お休みになられますか?」
 でも、その戻した笑顔もすぐにどこかへ消えてしまった。
「……え?」
 あまりにも不意打ち過ぎて、僕は驚きを隠せないでいる。
 そんなにさらけ出していたのだろうか?
 これでもポーカーフェイスは得意な方なんだが。
「何だか疲れているみたいですよ? 目の下にクマが……」
 しまった。
 僕はあまりにも疲れていたせいで、そんな単純なことに気付けなかった。
 最初は呆然としていた朝比奈みくるも、少しだけ吹き出すように笑って、柔らかな優しい笑顔を浮かべた。
「あの……そんなに、酷いですか?」
 髪を整える時に鏡は見たはずなんだが……。
 そんなに笑われるほどなんだろうか?
 きょとんとするしかなく、思わず首を傾げてしまう。
 一頻り笑った後、朝比奈みくるは笑顔を浮かべながら言った。
「いえ、あのぅ……古泉くんっていつも余裕そうっていうか、隙がないなって思っていたので……なんか、今日はすごく新鮮な感じがします」
 とても、意外な反応だ。
 僕は心底、部室に来るんじゃなかったと後悔している。
 そして、朝比奈みくる以外の人間がいないことに感謝した。
 僕は隙がない人間で、涼宮ハルヒの要求をできる限りで呑み込み、機関のために尽くす人間である。
 だから、無駄に自分のどうしようもない姿を晒すのは避けたかったのだ。
 ……特に、SOS団の人間には。


 僕は朝比奈みくるにことの事情を説明した。
 眠る時間をあまり削りたくないため、本当に簡単な説明しかしなかったものの、その短い言葉を彼女は理解し、すぐに状況を把握してくれた。
「じゃあ、授業が終わる五分前に起こしますね」
「よろしくお願いします」
 多少のロスタイムはあったものの、僕はようやく少しの仮眠をとることにした。
 ある意味、昼寝にはいい時間かもしれない。
「おやすみなさい」
 そして……彼女が傍にいる仮眠は、とても幸せなものだと思った。
 何故安心しているのか、嬉しいと思っているのか、よく分からないけれど。


 その反面、いろんな意味であまりよく眠れなかったのは、どうしようもない現実だった。