僕はただの超能力者でした。

古泉→ハルヒ


 欲しいものはあまり求めてはいけないと思う。
 手に入れば満足感を得られるが、またそれ以上に欲しいものが増えていくのは怖かった。
 絶対手に入らないものなど求めても意味はないし、すぐに手に入りそうなものだってあまり求めてはいけない。
 そして人の気持ちも。
 無理やりにでも奪ってやる、という人の気がしれない。
 そんなことをしても無駄だと、虚しいだけだと今まで思っていた。そうだと信じていた。信じていたかった。
 自分は我慢の聞く存在だと思いたかった。



 なのにそれは、とても切なく苦しいことだと、最近になって気付く羽目になる。


 ***



 今、僕の目の前に彼女は存在していた。

「よーっし! まあ、こんなもんよね」

 副団長という称号を得た僕は、今こうして団長と会議中であった。会議と言っても、次の三連休何をして過ごすか、という簡単な話し合いなのだが。
 二人でこうして話すことは少なくない。
 ……さすがに、キョンくんほどの機会はないけれど。
 閉鎖空間が厄介になった時はそちらに駆けつけるし、キョンくんたちは一緒のクラスでも僕は違う。
 同じクラスであれば、部の活動以外でも得られる思い出があるのかもしれない。

 そこまで考えて、いつも我に返る。
 自分は何も求めない。求めたくない。
 なのに今の考えでは、自分が彼らを妬んでいるようにしか思えなかった。
「あとはこれを文章にまとめとけば大丈夫かしら?」
「ええ。それは僕がやりましょうか?」
「ううん。私がやっとくわ。古泉くんには他にもいろいろ頼んじゃってるし」
 にこっと笑う彼女の笑顔を見て、一体世の男達の何パーセントが見惚れるだろうか。
 彼女の性格を知っている者はそれほど気にしないかもしれないが、中身を全く知らない男達は、確実に彼女に釘付けになるだろう。
「すみません。では、お願いいたします」
 僕も同じように笑い、「任せといて!」と頼もしく返事をする涼宮さんにまた笑顔になった。
 こうしている間は、きっと世界が壊れてしまえばとか、一からやり直したいとか、そんなネガティブなことは絶対に考えないであろう。
 彼女の無邪気な笑顔を見るたびに、勝手に安心しては、ちくりと胸を痛める。


 僕は求めない。
 彼女が望めばその願いは叶えるけれど、僕は何も望まない。
 その望まない理由の中には、絶対叶わないという確証が含まれているからだ。
 僕は彼女を手に入れることは不可能であるから。


「涼宮さん」
 何度この名前を呼んだだろうか?
 そしてその度に、何度も後悔した。
「何?」
 不思議そうに視線を向け、すぐに笑顔に戻る。
「何か分からないとこあった? それとも、何かまずいとこあったかしら?」
 キョンくん、貴方は幸せ者です。
 そして貴方は大変勿体無いことをしている。
「いえ、何でも。すみません」
「そう? ならいいんだけど」
 今、僕は何を言おうと思ったんだろう?
 考えてみるととんでもないことを口にしそうなので、もうあえて言葉にはしない。
 でもキョンくんのことを考えたら、今の状況は僕にとってとてもおいしい状況だと思った。
 この笑顔も、この時間も、この空間も。みんな僕のものだから。
 彼女の怒りは彼の特権であるけど、この笑顔と時間と空間は、僕だけの特権だ。
 それはある意味望んでいた願いの一つかもしれない。
 ということは、僕は無意識に彼女に何かを望んでいたのか?
 しかも、一つということは、もっと願いがあるということなのだろうか?


 だんだん混乱していくのが分かり、できるだけ考えないようにしようと別のことを考えるが、頭の中には彼女がいた。
 笑顔が似合う彼女。
 人とはちょっとずれている、だけどそれでも、他の誰もが持っている無邪気さを持ってる。
 そんな彼女に僕は惹かれている。
 彼女がまた、僕と同じように別の人間に惹かれていることを知っていながら。



「部室行きましょ! みんなに早く報告してあげなくっちゃ!」
「はい」



 彼女は監視対象、僕は監視官。彼女は団長、僕は副団長。ただそれだけの関係。それ以上でもそれ以下でもない。
 だから僕は、もう一歩踏み出せない。
 人の気持ちを奪う覚悟や勇気は、今の僕には存在しなかった。


 僕はそんな覚悟も勇気も持てない、どうしようもない超能力者だった。