おぱんつ騒動

直継×マリエール


「なんやて!?」
 下着が売られているという情報を耳にしたのは、随分昔のような気がする。
 <記録の地平線>の面々とセララが物件探しに奮闘し帰宅した後、セララからその情報を得たマリエールは発明の驚異的な発展に驚かされたものだ。
 その時はまだ、模様や装飾が施されていない、見ていても味気ないものばかりという話。
 そういうわけでマリエールも「ついにそういうんも出てきたんやね~」くらいにしか思っていなかったし、自分が買うかどうか、そういう思考までには辿り着いていなかったように思う。
 ……しかし今得た情報は、まさに購買欲をくすぐる情報だった。

「可愛い下着屋ができたってほんま!?」
「そうなんですよ! マリエールさん!」
 <記録の地平線>に所属するにゃん太のところへ遊びに行ったセララが、お店を見かけたという話を帰宅後真っ先にマリエールに話してみせたことが騒動の発端だ。
「もう女の子がたくさんいましたよ。私もちょっと見てみたんですけど、色もたくさんあって、レースのふりふりとか水玉とか、可愛い下着がたくさんあったんです~」
 思い出しながらほわわんとした表情を浮かべるセララは、ぶつぶつと「にゃん太さんはどんなのが好みなんだろう~」と脳内をお花畑にしながら呟いている。
 正直下着などしっかりしていれば何でもいいに決まっているが、楽しみが少ないこの異世界では、そういうちょっとしたオシャレや変わったものには食いつきたいものだ。
 マリエールも勿論興味津々で、頭の中ではいつも「おぱんつ!」と騒いでいる直継のことを思い浮かべる。
 直継の好みなどは分からないが、マリエールが持つ豊満な胸に対して拒否反応を見せた過去を思い出すと、パンツなら喜んでくれるのではないかと安直なことを思いついた。
「セララ! うちらも行くで!」
 思いついたら行動に移したくて、身体はいてもたってもいられない。
 オープンしたてできっと人は多いだろうが、少しでも早く可愛い下着を購入して直継に見せてあげたい。
 その願望は時間が経つにつれてどんどん強固のものになっていき、マリエールの目は炎がついたかのようにメラメラと燃え上っていた。
「はい! 行きましょう!」
 その気持ちはセララも同じだったらしい。
 恋に燃え上がる乙女二人はがっしりと握手を交わし、普段見せないスピードでギルドホールを飛び出した。



 賑やかなアキバの街を、二人はギラギラした瞳で勇ましく歩いていた。
 <大災害>直後の地獄のような世界とは打って変わって、今のアキバは騒がしすぎるくらいの活気と熱気で溢れかえっている。
「あそこです!」
 店が立ち並ぶほんの少しはずれた場所に、普段の店の雰囲気とは明らかに違う店が建っていた。
 男性はちらりと見るだけでギョッとしたり、凝視はするものの入ることなく立ち去ったり。
 逆に女性はそのまま吸い込まれるように店の中へと入って行くその場所は、まさしく二人が目指していた下着屋そのものだった。
 建築に対しての発明も進んでいることもあり、可愛らしいパステルピンクの外観の建物は、存在だけで目を引くには十分に感じる。
「行くで!」
「はい!」
 まるで戦場に赴くかのような様子で店に入ると、内装もパステルピンクにライトも淡いピンク色という、可愛らしい雰囲気に包まれていた。
 優しそうな女性店員が安心感を与え、現実世界に劣らない店がここにはちゃんと存在している。
 事前にセララに聞いていた通り種類も様々で、色や模様だけではなく、サイズも豊富に用意されていた。

「うちのサイズもちゃんとあるー! しかも可愛い! どないしよー!」
「こっちのチェック柄可愛いです~! でも子どもっぽいかな……にゃん太さんはもっと大人っぽい方がいいかな……」
 求めていたものが目の前にあるというものは、異世界に存在するマリエールたちにとって幸福なことだった。
 それは料理のことで痛いほど理解しているつもりでいたが、他の生活必需品も揃ってくるとなると、生活もまた楽しくなっていくというものだ。……勿論、現実世界に帰ることは諦めていないが。
 二人は自然と個々に見て回ることとなり、バーゲン会場のような人の多さの中、自分好みの下着を探すことに精を出した。

 マリエールは自らの豊満な胸に合うサイズがあり、更には可愛らしい下着が多いことに驚いていた。
 現実世界では、サイズは勿論存在はするものの、自分好みの可愛らしい下着というものを見つけるのはとても苦労していた。
 あるとすれば、ダサいか地味か派手すぎるか。
 しかしこの店には様々なサイズが揃えられているだけでなく、どのサイズにも平等に可愛らしいものが多数取り揃えられている。
 その中にはいくつもマリエールの心を鷲掴みにするものが存在していて、目をキラキラに輝かせながらそれらを見ながら品定めしていた。
 勿論作りもしっかりしていて、すぐに破れたりする心配もなさそうに思える。
「どないしよ~~選べへん」
 可愛いものはたくさん存在する。
 存在するからこそ、目移りして一つに絞り込めなかった。
 今までなさすぎて選べなかっただけに選択肢が多すぎて選べないことは幸せな悩みだとは思うが、それにしたって選ぶには決め手が足りなかった。
「……直継やん、呼びたい」
 誰にも聞こえないような小さな声で呟くと、はっとなって大きく首を振る。
 呼んで好みを聞きたいのは山々だが、さすがにこの女性しかいない場所に直継のようながっしりとした男性を連れてくるのはかわいそうだと却下する。
 ……かといって、好みを知りたい、と思う気持ちは変わらない。

 迷った挙句、マリエールは一度店を出た。
 一応セララには少しだけ店を離れる、だけどすぐ戻るとだけ言い残してある。
 店を離れて人が少ない場所へ移動すると、フレンドリストを開いて直継へ念話をかけた。
 どんな反応をされるかなんて考える暇なんてない。
 知りたいという欲求は止まらず、ただただ早く繋がれと祈るばかりだった。
『もしもーし。マリエさんどうした?』
 コール音を五回ほど聞き終えた後直継の声が聞こえ、マリエールはホッと安堵の溜息をつく。
「突然ごめんな! ちょっと直継やんに聞きたいことがあって!」
『おう! 俺に答えられることなら何でも聞いてくれ!』
「ほんまに!?」
『おうよ!』
 自信たっぷりの直継の声色と言葉に、マリエールの高揚する気持ちは更に昂るばかりだ。
 テンションがすっかり上がりきってしまったマリエールは、冷静な気持ちなんてすっかり忘れてしまい、直球に質問をぶつけていく。
「あんな~直継やん、おぱんつ好きやろ?」
『おう! ……おう?』
「アキバにな、最近下着屋ができたの知っとる?」
『あー……確かおぱんつを発明したってカラシンさんが言ってたような……真っ白のやつ』
「せや! でも最近のはわけが違うんや~。もっといろんな色もあって! レースとかふりふりもあるんや!」
『そうなのか! やべえ! おぱんつ祭りだぜっ! ……って、それを俺に言ってどうするんだ?』
「そこでおぱんつ戦士の直継やんの好み聞こう思うて」
 ついに本題へ入るための質問をぶつけた時、念話の向こう側からとんでもない咳込みの声が聞こえてくる。
「ど、どないしたん? 大丈夫か?」
『急になんちゅーことを聞いてくるんだあんたは!』
 マリエールの心配など聞こえてないかのように、直継は恥ずかしげもなく下着の好みを尋ねてくるマリエールを怒鳴りつけた。
『そんなこと聞いてどうするってんだ! なんだ? 俺に見せつけてくれるのか? 俺に見せてどうすんだ? それは何か!? 俺に何をされてもオッケーみたいな! そういうサインってことか!? あんなことやこんなことをされたって構わないぜ的な何かなのか!?』
 捲し立てるように次々と怒鳴り声をあげる直継に、マリエールは完全に怯んでしまう。
 確かに、『好みを聞いてどうするんだ』というもっともな疑問に対してのマリエールの答えは特に用意していなかった。
 洋服なんかであれば、相手に見せつけて「可愛いよ」なんて言われて喜びに浸りたいと思う。
 しかし、下着はどうだろう?
 通常一緒にいるだけでは見えるわけがないし、わざわざ自分から見せに行くのも何かが違うような……。
 そこまで考えると、熱く燃え上がっていたマリエールの思考は少しずつ収まっていく。
「そういや、何で好み聞こうと思ったんやろ?」
 勿論、好きだから好きな人の好みに合わせたいという気持ちはあったかもしれない。
 直継になら何をされたって構わないという気持ちはマリエールの中にちゃんとあったし、いざという時にデフォルト装備だと味気ないような気もする。
 だけど現状、その『いざという時』がいつ訪れるかもわからない。
 そもそも、マリエールの胸を触ることに対してあれほど拒否していた直継だ。
 その『いざという時』が本当に訪れるか……訪れる可能性があるかも分からないことに気づいて落ち込む。
「いや……直継やん、うちのおっぱい触りたないって言っとったやろ……? せやから、可愛いおぱんつ穿いて見せたら……その、喜ぶかな……思うて」
 今更になり、マリエールの中に冷静な思考と恥ずかしさが蘇ってきた。
(なんかうちが直継やんを誘ってるみたいやん……)
『あのなぁ……。確かにおぱんつは好きだけどさ、女の子があんまり男にそういうこと言うもんじゃないぜ? おっぱいだって別に嫌いじゃないけど、男が触るのと女が触るのとじゃ意味合いが全く違ってくるしよ……』
「うん……」
『俺みたいなピュアで紳士が相手だったからよかったものの、どっかの変態野郎だったらまさにマリエさんのおっぱいなんて揉まれ祭りのぺろぺろ祭りだぜっ!』
 その変態野郎と直継の発言のどこに違いがあるのかを深く尋ねたくなったが、マリエールはぐっと堪えて耳を傾け続ける。
『あのさ、世の中ほんと怖いもんだらけなんだ。男なんてみんなオオカミなんだぜ? だから、もっと自分を大事にしてくれ。俺は、大事なものほど簡単な気持ちで触りたくないんだ』
 さっきの怒鳴り声とは違う優しい声が、マリエールの気持ちを穏やかにさせてくれる。
 そこまで自分のことを考えてくれていたなんて……。マリエールは直継の思いやりに喜びを感じ、自分の浅はかさを深く反省した。
 今までは誰彼構わずデリカシーのないことを言ってきたと思う。
 別にその全てをダメなこととは思いたくない。暗い雰囲気を和ませるためにしてきたことだってあったはずだ。
 勿論、相手だって考えて口にしている。全く知らない危ない人間に「おっぱい触るか?」なんて言えるわけがない。
 だけど、直継の言葉で少し気持ちを改める。
 異性に対してはもう少しだけ、気を配ること。
 上手くいくかは分からないけれど、できる限り、尽くせるようにできたらいいな、なんて思う。
「ありがとうな、直継やん。心配してくれて」
 実を言うと、直継がこれほどまでに心配してくれるとは思いもしていなかった。
 そのせいもあるのか、マリエールの心はぽかぽかと温かく、優しさで満ちている。
『分かってくれたらいいんだよ、分かってくれたら』
 念話から安堵の溜息が聞こえ、直継のホッとした様子が声色からも伝わってきた。
 何だかそれがおかしくて、マリエールは思わず笑みをこぼす。


「せやけど、直継やんの下着の好みは教えてや?」
『……は?』


 先程までのやり取りとは一体なんだったのか……。
 誰しもそう思わざるを得ないような質問を、マリエールはさらりと口にした。
 それはそれ、これはこれ、とでも言いたげな物言いだ。
『あんた俺の話聞いてた!?』
 直継にとっても例外はなく、先程までのやり取りとは……と泣き出しそうな声で再び怒鳴りつけている。
 しかし、マリエールには通用しなかった。
「聞いてたで。でも直継やんは特別や。見せる見せない関係なく、ただ単純に好みを知っておきたいって、そう思ったんや」
『~~~~~~!!!!』
 相手はちゃんと選んでいる、という旨の言葉を付け足すと、念話からは実に悩ましい唸り声が聞こえてくる。
「直継や~ん! 頼むで!」
 あまりにも罪深いマリエールに、直継は頭を抱えて大きな溜息をつく。
 だけど結局、直継が下着の好みを教えることはなかった。
『これ以上その話したら! マリエさんとは二度と口きかないから!』
 マリエールが素直だったことが幸いしたらしい。
 困った末に口にした言葉でマリエールは大人しくなり、直継は本当の安堵の溜息をこぼすのだった。


 結局マリエールは直継との念話で購入をあきらめ、今日の収穫はゼロ。
 ちなみに一緒に買いに来ていたセララも、迷いすぎて買うことを諦めたという。





(2014.02.16)