直マリがケーキバイキングに行った場合

直継×マリエール


 賑やかな天秤祭の開催中、息抜きという名目でふらふらと回っていたマリエールは、その途中で直継と出くわした。
 直継はこれから食い倒れ祭りだとはしゃぎ、マリエールは簡単にその祭りへの参加を決める。
「うちもいろんなもん食べたいっ!」
「じゃあいろいろ食べに行こうぜ!」
 祭りの熱気にやられたせいだろう。
 二人は普段よりもテンションを上げながら、何を食べに行くかと語り合った。


 その先で、二人はケーキバイキングをやっているお店を発見した。
「ここだったのか~」
 直継が思わず呟くと、マリエールは興味深そうに看板を見つめる。
 そこにはケーキバイキング開催の旨を記載したチラシも貼り付けてあった。
 昨日シロエがアカツキとミノリの三人で行ったという話を聞いており、存在だけは知っていたのだ。
 マリエールは一通りそのチラシを読み終えると、キラキラした瞳で直継を見つめる。
「直継やん! これ! これや!」
 その瞳に吸い込まれるように、直継はマリエールから目を離せなくなってしまう。
 そして、直感的に嫌な予感を抱いてしまった。
 次にマリエールが口にする言葉を、何となく察する。

「まずはケーキから制覇や!」
 こうなってしまったマリエールを止められるわけがなく、直継は溜息をつきながら、二人で店へと入って行くのだった。


「いらっしゃいませ」
 優しげな表情を浮かべる女性店員に案内されると、席に着くなり周りを見渡した。
 席へ移動している間にも思っていたが、やけにカップルが多い。
 どの席からも甘いオーラが漂っていて、直継は少しだけ居心地の悪い気持ちになっていた。
「はよケーキ食べたいなぁ~」
 それほど気にしていないように見えるマリエールの方は、色恋よりも食い気らしく、ケーキが自分の元へ到着することの方を気にしているようだ。
「ま、気にするだけ無駄か」
 諦めたように息をつくと、ケーキが来るまで好きなケーキの話で盛り上がり、いつしか周りの甘い雰囲気も気にならなくなった。


「お待たせいたしました」
 店員の声でケーキが運ばれたことに気づくと、様々な可愛らしいケーキに二人で歓喜の声を上げる。
「めっちゃおいしそうや~~~ん!」
「どれもうまそう! ケーキ祭りの幕開けだぜっ!」
 明るい二人の様子が微笑ましかったのか、店員はくすりと笑みをこぼすものの、既にケーキにくぎ付けの二人には笑われてしまったことにも気づかない様子だった。
 店員が去り、二人はフォークを手に取る。
「どれから食べよ~~めっちゃ悩むっ!」
 サイズはカットされたショートサイズで、種類は豊富なものの、食べきれない量ではない。
 ショートケーキやガトーショコラ、チーズケーキ、アップルパイ等、様々なケーキが並ぶテーブルの上は、やけにキラキラ輝いているかのように見える。
「俺はこのかぼちゃのタルトから食うぜ!」
「ほなうちはショートケーキ食べるっ!」
 とりあえず一つ手に取り、二人はそれぞれケーキを口に運んだ。
「うまい!」
「おいしいっ!」
 ほぼ同時に二人は同じことを叫ぶ。
 その声が本人たちが思うよりも大きな声だったらしく、周りが怪訝そうな視線を向け始めた。
「ケーキなんて久しぶりに食った気がするぜ!」
「めっちゃおいしい! どないしよ!」
 しかし、本人たちは全く気にすることもなく、ただただ目の前のケーキに感動している。
「直継やん! これ食べてみて? めっちゃうまいで!」
 マリエールは自分が食べたものの感動を分かち合いたい一心で、ショートケーキを一口分掬い取ると、直継の口元までそれを持っていく。
「どれどれ……」
 それはあまりにも自然な流れだった。
 所謂『あーん』と呼ばれる行為であることに一切気づかない直継は、差し出されたショートケーキを気にすることなく口にする。
「うめぇな! やっぱケーキはショートケーキが鉄板だよなぁ」
「やんな~! でもそっちのタルトもおいしそうやん。うちにもちょうだいや~」
「おう! ちょっと待ってろ……ほれ!」
「おおきに! …………これもめっちゃおいしい!」
 これもまた『あーん』返しであったが、二人は特別気にしていない。
 当然の行為であると言わんばかりに自然な流れ過ぎて、異様に盛り上がる二人のテーブルは、今やこの店の中で一番目立つテーブルとなっていた。
 それからも、様々なケーキを食べ、『あーん』をし合い、味についての感想を述べ(ほぼ「うまい!」しか言っていない)、あっという間にテーブルのケーキを食べつくしていた。


「あ~~~~めっちゃおいしかった~~~。やっぱたまに甘いもん食べんとやってられんわ~!」
「そうだなー。数ヵ月分の糖分を摂取した気分だぜ」
 ようやく落ち着きを見せる二人のテーブルは、まるで祭りの終わりを連想させるような、燃え尽きた雰囲気を醸し出していた。
 空っぽになってしまったことがちょっぴり寂しいような気持ちになりながら、最後に残った紅茶を口にする。
 そこでようやく、直継は周りを見渡し、ここに最初に来た時に味わった居心地の悪さというものを思い出した。

「はい、あーんして~」
「あーん」
「おいしい?」
「ああ、おいしいよ」

 隣のテーブルへ視線を移してみれば、そんな甘いやり取りが繰り広げられている。
「…………」
 無言でその様子を眺めていると、直継は自分がケーキを食べていた時の記憶が脳内で蘇り始めた。
 その記憶では、二人でわいわいと「うまい!」と言いながらケーキを食べている。
 どのケーキもおいしく、どうしてもその感動を分かち合いたくて、お互いにケーキを食べさせ合ったところもあった。
 食べさせ合った……つまりそれは、今まさに隣のテーブルで行われている行為となんら変わらないもののように思える。
 普通に皿を回して食べ合えばよかった。
 それが普通であり、好きなだけ食べられる……最良の方法だった、はず。
「!!!!!!」
 ぼっと火が出そうな勢いで顔の温度が上昇した直継は、穴があったら入りたいという恥ずかしさに襲われていた。
「ど、どないしたん!? 直継やん?」
 直継の様子があまりにもおかしかったらしい。
 少し焦りながら不思議そうな表情を浮かべるマリエールは、勢いよくテーブルに突っ伏した直継を心配し始めた。
「い、いや……ちょ、ちょっとな……」
 そう言いながら、こっそりと隣のテーブルへ指をさす。
 自ら言葉にするのは恥ずかしく、察してほしいと一番見ていて恥ずかしいテーブルを差したのだ。
「隣がどうしたん?」
 首を傾げながら隣のテーブルを見つめるマリエールは、カップルが『あーん』をし合っている光景と直面する。
 甘い雰囲気で、口にクリームがついていると拭っている姿が時折目に映る。
「えっと……これもしかして、うちらもやっとった……?」
 恐る恐ると言った様子で、マリエールは直継に問いかける。
「い、いや……さすがにクリームは取ってない、ぜ?」
 その返事は、もはやこの状況を改善するには足りない。
 二人が無意識でも『あーん』をし合った事実は変わらないのだ。



「……行くか」
「せ、せやな……!」
 二人は仲良く、頬をお揃いの赤に染まる。
 甘いもので満たされたことはすっかり抜け落ち、甘い雰囲気から逃げるように店を後にした。




 その後、二人は暫くぎくしゃくしていたという。





(2014.03.02)