ボーイズトーク

直継×マリエール


 とんでもない念話を終え、直継はどっと疲れたように床に寝転がり、大きく溜息をついた。
「……ほんっとうに……何なんだよ、あの人はよ」
 自分の下着の好みを教えろなんてどうかしていると、直継は心の中でぼやく。
 マリエールはきっと、素直に俺の好みを知りたいと思ったんだろうというのは、何となく理解できる。
 下手に嘘をつけない人だし、からかうにしてもあれは真剣過ぎた。
 綿密な計算の上でからくなんてことは、多分マリエールにはありえないことではないだろうか。
 それほど詳しくマリエールのことを知っているわけではないにしても、今まで接した感じだと、ありえないという結論は尚早ではないと直継は思う。

「ど、どうしたの……直継?」
 空から声が降ってきて、うつ伏せに寝転がっていた直継はゆっくりと顔を上げる。
 声色だけで声の主くらい把握できていたものの、きちんと顔を見るためにごろりと寝返り仰向けになる。
 そこには予想通りの人物が、予想通りの視線でこちらを見ているのが確認できた。
 怪訝そうな目で直継を見つめている、<記録の地平線>ギルドマスターのシロエである。
「おお、シロ。チーッス」
 転がったままやる気のない返事をすると、呆れたようにシロエは溜息をつく。
「チーッス……じゃないよ。床に転がって何してんの? しかも顔真っ赤だし」
「何だと!?」
 シロエの指摘で、未だに顔の熱が引いていなかったことに気づく。
 ひんやりとした床の冷たさで熱を冷ます作戦も台無しで、直継は再び寝返りを打ち、うつ伏せになって頬を床に押しつけた。
「いやさぁ……ひっでー念話しちまってよー」
 実際は誰かに話すのは躊躇いがあったが、このもやもやとした気持ちを誰かに話したいという気持ちの方が強かった。
 直継は何とか言葉を選びながら、先程マリエールと話した内容について愚痴るように話した。
 下着屋ができたこと、直継の好みを尋ねてきたこと。
 実際言葉を選ぶことなんてほとんどないくらいにド直球の言葉で話すと、シロエはギョッとした様子で返答に困っているようだった。
「あはは……マリ姐らしいというかなんというか……大変だったね、直継」
 同情するような返答に、直継は思わず顔を上げた。
「だろ~!? もうほんっとあの人のデリカシーのなさっていうかなんというかさ! 俺は時々心配になるよほんとに全く……」
 再び大きな溜息をつくと、不貞腐れたような表情を浮かべる。
 そんな直継を同情の眼差しで見つめるシロエは、直継の隣に座り込み、今度はマリエールに対するフォローの言葉を口にした。
「でもきっと、そういうことは直継にしか言わないと思うよ。特別って言われたんでしょ?」
「ん~……そりゃそうだけど」
「じゃあ、もう振り回されるしかないんじゃない?」
「んぅ……それじゃまるで、尻に敷かれてるみたいじゃないか?」
「別にいいんじゃないの?」
「よくない」
 あーだこーだと会話を交わし、会話を重ねれば重ねるほど、照れや恥ずかしさというものは込み上げていく。
「というよりさ……普通聞くか? 付き合ってもいない男に、下着の好みなんて」
「聞かないね。まあ、女の子のことをよく知らない僕が言うのもなんだけど」
「いや、絶対言わねー! 言わねーよ! どんだけ俺に気があるんだよ! ってくらいうっかり自意識過剰になっちまうっつーの!」
 そんなわけ、ないはずなのに。
 思わず呟く言葉に、シロエは不思議そうな表情を浮かべた。
(気づいてないのは、お互いだけなのかな……)
 シロエ的に直継とマリエールは、お互いを意識しているように見えていた。
 二人はいつも仲が良くて、マリ姐なんかは直継を見るや否や駆け寄っては抱きついて困らせようとする。
「直継は、マリ姐のこと、好きじゃないの?」
 そんなわけがあるはずもないのに、シロエはあえて意地悪な質問をぶつけた。
 シロエとしては、直継の本心というものをきちんと本人から知りたいと思ったのかもしれない。
 その後からかう予定もなく、ただ純粋に、直継の気持ちというものを知りたかった。
「あ、えっと……それは……」
 予想通りと言わんばかりに直継は動揺を露わにし、戸惑いを見せる。
 マリエール絡みになると途端に冷静さも普段の余裕も失い、慌てる姿というものは、思わず微笑ましいと思ってしまうような、そんな光景だと、シロエは一人笑みを浮かべる。
「そりゃ……好きじゃなかったら、こんなに動揺しない」
 そうこうしているうちに、直継からは素直な回答が得られることとなった。
 ある意味ひねくれた言葉だとは思うが、変にはぐらかすよりはずっと素直だと、勝手に解釈した結果だ。
 直継は頬を赤く染めてそっぽを向き、シロエはやはり微笑ましいものを見つめるような目で、直継の背中を見つめた。
「っていうか、好きだから、変に煽られると変な妄想に走っちまうし、あんなこと言われたらどうこうしたくなるとか……ほんっと最低なこと考えたりもしてよー……ほんと、あの人には勝てる気がしないぜ」
「そうやって妄想に留めている辺り、直継らしさが滲み出てるよ」
「うっせー。チキン野郎って言いたいのか?」
「そうじゃないけどさ」
 やけに突っかかるような言い方をするのは、単純な照れ隠しだ。
 それを分かっているからこそ、シロエは腹を立てないし、直継も分かっていて喧嘩腰になったりもする。
 気心知れた相手だからこそ、こうして素直な面を出してしまうのだ。
 そっぽを向いていたくせに、熱くなると思わず振り返ってシロエの顔を見てしまう。
 何だか意地を張るのも怒るのも、一人だけ動揺するのにもバカらしくなってしまった直継は、諦めたかのように小さく溜息をついて、ようやく笑みを浮かべた。

「あーあ。いつかマリエさんを動揺させて俺が振り回してやりてぇ~」
「そういうこと言ってる時点で無理なんじゃない?」
「無理だと分かっていても挑む! それが男ってもんよ!」
「あはは、直継らしい」
「おうよ!」

 こうして話しているうちに、直継のもどかしい気持ちや動揺や頬の熱さは、だんだんと薄れていく。
 マリエールへの対処法については何も思いつかないものの、ただ一人で悶々とし続けるよりはずっと気が楽になって行く気がした。
「でも案外、マリ姐も直継みたいにあたふたしてるかもよ?」
「……そうだと嬉しいんだけどな」
 もしもに想いを馳せても、やはり直継自身の中の感情に収まりはつかない。
 本人から直接聞かない限り、この気持ちが通じ合っているかなんて分からないからだ。
 抱きつかれたり、駆け寄られたり、ダンスに誘われたり……。
 マリエール自身からのアピールなど思い出すだけでも結構あるものなのだが、それでも、直接的な言葉を本人から聞くまでは、信じられなかった。
 直継は臆病ではないはずだったが、恋愛沙汰だけはどうしても臆病になってしまうのが笑えてしまう。
「あーやめやめ! なんか思う壺って感じでさ。うじうじしてんのも俺らしくない感じするし! 何か美味いもんでも食べに行こうぜシロ!」
 おもむろに立ち上がり、自分を奮い立たせるかのように叫ぶ。
「そうだね。僕も最近引きこもりだったし」
「よっしゃ! トンカツ食うぜ祭りっ!」
「えぇ~。最近食欲が……」
「食わないとでっかくなれねーぞ祭りっ!」
 うだうだと話しながら、二人はギルドを後にする。
 アキバの中心部まで移動している最中、直継はシロエに、無謀だと知りながらもマリエールを驚かせる作戦について語るのであった。

(そんなことより、さっさと告白して付き合っちゃえばいいのに……)
 直継と話している間、心の中でシロエは一人そう思いながらツッコミを入れたい気持ちに陥ってしまう。
 しかし水を差すのも躊躇われ、心の中だけに留めておくことにしたのであった。
 直継と、直継を取り巻く人間が振り回される日々は、どうやらこれからも続くようである。





(2014.03.21)