夕立にご用心

直継×マリエール


「あ~~~~もう! あかん! あかんわうち!」
 そんな叫び声が聞こえたのは、ご機嫌な様子だったマリエールを見て微笑んだ瞬間の出来事だった。
「ど、どうなさいましたの? 急に」
 ヘンリエッタは頭を抱えてうずくまるマリエールの傍に寄り、目線が合う位置までしゃがむ。
 確かについさっきまで、直継とデートをしていたこともあり、マリエールは嬉しそうな顔をして帰宅したと思っていた。
 ……だというのに、何だこの豹変ぶりは。ヘンリエッタは薄らと涙を浮かべたマリエールの顔を覗き込みながら、不思議な感覚でいっぱいになる。
「あんな……」
「ええ」
「うち……最近食べ過ぎやと思うねん……」
「ええ…………はい?」
 明るさは装いで深刻な悩みを抱えているかと思いきや、あまりにも考え過ぎな自分が恥ずかしくなるほどにくだらない言葉が飛び出てきた。
 いや、勿論女という性別で生まれてしまった性だろう。自身の体型について気にしてしまうのも無理はない。が、ここは異世界であり、現実世界とは異なる。
 体型だって、<エルダー・テイル>で設定した時の体型なのだ。
 食べ過ぎたからといって太りすぎることもなく、そこまで気にする必要はないはず……だ。たぶん。
 ヘンリエッタ自身の考えは以上の通りなのだが、マリエールはそうはいかないらしい。

「あんなあんな! 直継やんっておいしい店とかよう知ってんねん! おいしいからつい食べてまうねん! でな、うち自身も食べたいもんいっぱい見かけてな、直継やんが食べようって言ってくれてな、食べるやん? なんかな……直継やんと付き合ってからめっちゃ食べてばっかな気がすんねんよ~~~~~! どないしよ~~~~~~」

 がっしりとヘンリエッタの両肩を掴んで熱弁していたかと思えば、再び頭に手を置き髪をぐしゃぐしゃに乱れさせ、最終的には床に手をついてがっくりと項垂れている。
 マリエールらしい反応に何故だかホッとするヘンリエッタは、小さく溜息をつきながらマリエールの頭をよしよしと撫でた。
「いいんじゃないですの? 体型なんて、どれだけ食べても早々変わりません。現実世界とは違いますし」
「そうやねんけどな……なんか、気持ちの問題というかなんというか……これでええんかなって……」
「私はいいと思いますけれど……幸せそうで」
 撫でながら、慰めの言葉をかける。
 でもそれは嘘でもなんでもなく本心から溢れる言葉であり、羨望を込めたものでもあった。
 マリエールはヘンリエッタの言葉に驚いたように顔を上げ、ぽかんとヘンリエッタを見つめる。
 そんな様子もまた愛らしくて、ヘンリエッタはにっこりと微笑むと、更に言葉を続けた。
「マリエ。直継様は体型云々でマリエのことを嫌いになったりはしないと思いますわ。器の大きな方ですもの。むしろちょっとぽっちゃりしていた方が可愛い、なんて思っていそうな気がしますわ。だから気にするだけ無駄です」
 直継という人間を、ヘンリエッタはマリエールほどよく知らない。
 マリエール絡みで時々コンタクトを取る程度で、それほど絡むこともないだろう。
 だが、その少しの関わり合いだけでも、直継という人間に大事な友人を任せてもいいと思える程度に出来た人間であることを、ヘンリエッタは十分に理解していた。
「……ほんま?」
 恐る恐る顔を上げるマリエールは、頼りない声で尋ねる。
「ええ。そんなことを気にしている暇があったら、ギルドの方の仕事を手伝って頂きたいくらいです」
 にっこりと笑みを浮かべ、励ますようにヘンリエッタは言い切った。

「むしろ、あまりのラブラブっぷりを見せつけられている私としては、このまま幸せ太りでもすればいいと思いますけどね。ぶくぶく太ってしまえばいいんですわ」
「ひどっ! 梅子が独り身やからって! めっちゃ八つ当たりやん!」
「……今なんておっしゃいましたの? マリエ?」
「な……! 何でもあらへんよ~~さ~~~仕事しよ仕事~~~」
「マリエ!」

 逃げるように去っていくマリエールの背中に怒声をぶつけながらも、ヘンリエッタの表情に怒気は見当たらない。
「はあ……夕立は去ったようですわね」
 コロコロ変わる天気に翻弄されたような気分がヘンリエッタを襲い、ようやく晴れたと安堵の溜息をついた。
 遠くなっていくマリエールの足取りは軽く、床に手をついてうずくまっていたことがまるで夢のように感じる。

 いつも笑顔を振りまき、向日葵や太陽のようにキラキラ輝いていて。
 なのに、ちょっと気を抜くと夕立で大変な目に遭わされる……そんな不安定な友人を、ヘンリエッタはどうしても嫌いになれない。
 むしろ、いつまでも傍で支えてあげなくては、という感情さえ芽生えてしまう。
 だからマリエールを好く者は大勢いて、守ってあげたいと甘やかしてしまうのだ。


「……甘いのは、私も同じですわ」
 ヘンリエッタはもう一度溜息をつく。
 既に姿が見えなくなったマリエールの元へと歩きながら、次は何が飛び出すのだろうかと少しだけドキドキしたのは、ここだけの話である。





(2014.05.02)