「うち、直継やんより好き~~! って気持ち大きい思うねん」
唐突に何を言い出すかと思いきや、子どもみたいな話題で……思わず直継はぽかんと口をあけたまま固まってしまう。
先程まで、直継とマリエールはお互いに想いを伝えあい、通じ合い、キスを交わしていた。
照れ隠しにしては恥ずかしすぎる話題で、目的がまるで見えない。
「えーっと……」
困ったように頬をかく。
しかしマリエールの自信たっぷりと言わんばかりの表情と声色に、気の利いた言葉が思いつかなかった。
「うちの方が先に好きっていうサイン出しとった! うちずっと直継やんのこと好きやったもん! うちの勝ちや!」
本当に子どもみたいな理論を語っている。
わざと煽っているのだろうか?
一つの仮説を考えてみたが、まず、マリエールに駆け引きという行為は無謀のように思える。
天然で無意識のうちに煽ることはあっても、計算上で煽ることはないだろう。
細かい理由等は考える時間もなければ、無駄になるだけであることは理解している。
そのために、直継はすぐさま思考をマリエールの言葉そのものに移した。
(なんで急にそんなことを? 今の状況が恥ずかしくなったせいか? 照れ隠し? でもそっちのが恥ずかしくね? ……てか、俺の方が好きだし。俺の方が先に好きだって思ったし、マリエさんなんて俺がそんな視線で見つめても何にも気付かないみたいにニコニコ笑ってるし、俺の方が先に好きだって思ったし……あれ、これ二回目か?)
ぐるぐると考えるが、マリエールのどこから溢れているのか問いたいほどの自信たっぷりな表情が、解決策を見出す障害となっている。
それどころか、マリエールの表情に苛立ちさえ覚え始めてしまう。
「それじゃあ、マリエさんはいつから俺のこと好きだったんだ?」
自らを棚に上げるような質問を繰り出すと、マリエールはにっこりとしたまま固まった。
「えっと……な?」
「おうおうおうおうおう! そんなに自信たっぷりおっしゃるようなら、是非とも詳しく聞きたいものですなぁ! いつから? どこで? 何時何分地球が何回周った時?」
小学生のような屁理屈は、直継もマリエールも変わりないように見えた。
が、残念なことに、二人はその事実に気づくこともなく、小さな言い争いが続いていく。
「う……さ、最初や最初! 初めて会うた時からずっとや! めっちゃべったりやったやろー!?」
「はあーー? あん時、シロやちみっこにも同じ反応だっただろ!」
「ちゃうもん! めっちゃ食いついとったの直継やんぐらいやったやろ!」
「わっかんねぇよ! マリエさんおっかなすぎてそれどころじゃねーよ!」
「おっかな……! 何でやのん!?」
「そりゃ初対面で急に異性に抱きつかれたら驚くだろ祭り! 完全に恋に落ちたなら恥ずかしくて逆に引っ込むだろ! 大人しくしてろよ! バレンタインの時みたいな恥じらいを押し出せよ!」
「そんなら直継やんはいつなんよ! 何時何分地球が何回周った時なんよ!」
「俺はなぁ! 俺は……えーっと……ん?」
いつ汗が噴き出してもおかしくないような熱い言い争いに、通り雨が降ったかのような感覚が直継を襲う。
マリエールの質問は最初に直継から吹っかけた問いかけそのものだった。
しかし、答えられないのも無理はない。
……その質問は、自らを棚に上げたものである。
「ふふん! どないしたんや? 言えへんのか?」
勝ち誇ったようにマリエールは直継にまとわりつき、頬をツンツンとからかうように指でさす。
「そういや……うーん……」
「……なんやの?」
だが、反応はいま一つとなってしまった。
一時的に失われた冷静さは、再び直継の元に宿る。
そういえば最初から直継は、マリエールの子どもみたいな言葉に呆れている側だったはずだ。
一方の騒ぎの張本人はといえば、突然反応が薄くなってしまったことに不満げな表情を浮かべ、頬をぷーっと可愛らしく膨らませている。
「あのさ。ガチな話、マリエさんっていつから俺のこと好きだった……?」
そんなマリエールに構うことなく、呆けたような声で尋ねた。
直継はすっかり熱くなった頭は冷えきり、戦意喪失しているかのようにも見える。
「え……っとぉ……」
マリエールの作り出した雰囲気というものは、もはやこの空間には存在しない。
突然喧嘩を吹っかけたマリエールは本来の目的さえも忘れ、同じようにぽかんとする。
「俺はマリエさんが思うよりもずーっと好きなつもりだ。マリエさんより俺の方が好きだしって思う。でもよ……俺、いつから好きだったか思い出せねぇ」
何度唸っても、答えらしきものは見つからない。
この気持ちは気付いた時には直継の中に居座っていて、マリエールを無意識に目で追っていたのも前からだと思う。
もっと前に気付く前からこの気持ちは存在していたのではないかと考えれば考えるほど、直継の思考はどんどんこんがらがっていくような気がした。
「ええやん! 別にいつでも!」
唸っている直継の背後から抱きついたマリエールに、直継は心の底から驚いた。
「ま、ママママリエさん!?」
至近距離と分かるからこそ意識は様々な場所に飛び交う。
ほんのり漂う甘い香り、背中に思いっきり押し当てられる柔らかいアレ、時折耳に届く息遣い。
何と危険な状態なのかと、直継は頭を抱えてうずくまりたくなる。
「ほれほれ~。おっぱいがええんか? ん?」
マリエールは直継を煽るように言い、潰れてしまうのではないかと思うほどに更に胸を押しつけていく。
大人しいことで調子に乗っているのか、単純に構ってほしいだけなのかは今の直継には正常な答えが出せない。
いつから好きだったのかという疑問と、刺激の強いマリエールの挑発が完全に直継の脳内をクラッシュさせているのは明白だったからだ。
このまま欲望に身を任せて楽になってしまいたい……そんな願いが生まれてくる。
別にどうでもいいことなのだ。
いつから好きでも、好きなのには変わりない。
今こうして、ずっと好きだった人間とくだらないことで笑いあったりしているのだ。
それだけでいいではないか。
ほとんど投げやりのような結論を導き出し、どこか吹っ切れたかのように脳内がすっきりしていく。
悩んでいるのがバカらしいと思ってしまうのはきっと……今直継の背後で調子に乗っている彼女のせいだろう。
「こんにゃろ! 調子に乗ってるのも今のうちだぜっ!」
背後にいるマリエールの腕を掴み、軽々しく直継の目の前へと引きずり出した。
「うわっ!」
完全に油断していたらしい。
マリエールは不意を突かれたような表情を浮かべ、驚きに満ち溢れているように見えた。
「よくも好き放題してくれたな~~~。ほれ! こちょこちょ……」
「あはははは! いやや! やめ、あはは! くすぐったい!」
「おっぱい押し付けた刑だ~ほれほれ~」
「意地悪せんと……あはははは! もうあかん! あかんって! あははははは」
今までの仕返しと言わんばかりに、直継はひたすらマリエールをくすぐる。
くすぐっても反応のない輩もこの世には存在するが、マリエールはそちら側ではなかったらしい。
逃げようと身体をじたばたさせるが、直継の力でその動きはある程度封じられてしまう。
胸元が気になり脇付近に触れることを避けて脇腹辺りをくすぐると、マリエールの反応は更に大きくなった。
「あかんあかん! もうあかんって直継やん! 堪忍やで!」
その叫びが決定打となった。
「ぐわっ」
耐え切れなくなったマリエールが、目の前の直継に思いっきり抱きつく。
その勢いで直継は後ろに倒れこみ、その上にマリエールが乗っかる形となった。
倒れこんだ衝撃は、怪我や意識不明などの大事にならずに済んだ。
「ご、ごめん……大丈夫?」
恐る恐るといった様子で、マリエールは直継に問いかける。
「あ……あぁ。調子に乗って悪かったよ……」
少々やりすぎたと直継は謝罪し、心配そうな表情を浮かべたマリエールに笑いかけた。
笑みを浮かべると、マリエールも心配そうな表情からホッとした表情へと変わる。
安堵の雰囲気が漂い始め、全ては平和的に解決したかのように思われた。
……しかし、現状は危険すぎる。
「えっと……マリエ、さん?」
直継は未だに床に寝転がったまま起き上がることができずにいた。
それは目の前にいるマリエールのせいなのだが、一向にどこうとしないその様子に戸惑いを隠せない。
このまま直継がマリエールを引き寄せたなら、いとも簡単に抱きしめることも、キスをすることだってできる。
マリエールは安心しきっているせいで隙だらけ。
「ん? どないしたん?」
当の本人は首を傾げて不思議そうに直継を見つめている。
多分、はっきり言わなければ離れようともしないのだろう。
気付かないマリエールに意地悪をしたくなる衝動が襲ってくるが、直継自身の理性というものも限界を超えないかが心配要素だ。
「……そろそろ、どいてくれるか? なんかマリエさんが俺を押し倒してるみたいな図になってる」
結局直継ははっきりと言い切った。
今日付き合うことになった二人にしては近すぎる距離に、心臓も理性も思考も追いつかない。
幸せなことがありすぎて、直継のキャパは軽く超えているような気がする。
先程の会話といい、本当におかしな展開というものは続くものだ。直継は一人でそんなことを考えた。
「ご! ごめん!」
暫く固まっていたマリエールはようやく動き出し、慌てて直継から離れる。
それを望んでいたはずなのに、広がった距離が妙に寂しくて、直継は小さく溜息をついた。
起き上がりながら、真っ赤な顔をしたマリエールを捉える。
(何考えてるんだ……俺は)
開いた距離が寂しくてまた触れようとするなんて、どうかしている。
「……なんかうちら、変やね」
マリエールが気まずさをごまかすように口を開いた。
そうだ。
多分、あの謎の会話もこの流れも、全部おかしかったのだ。
恋人になって、何をすればいいのか、分からなくなってしまっていた。
何かしなければ、何か話さなければ……その気持ちがこの展開を生み出したのかもしれない。
「そうだな」
直継は難しく考えることを放棄した。
小さく微笑みながら、広がった距離を一気に縮めてマリエールの隣に座る。
ついさっき躊躇したばかりなのにと思うが、恋人に触れたいと思うのは自然なことだと受け入れてしまった。
ただ隣に座り込むだけで幸せで、ごちゃごちゃ考えることがバカらしく思える。
その後二人の間には会話はなく、触れ合うこともなかった。
寄り添うだけで満足し、さっきまでの騒がしさが嘘のように、幸せな静寂に包まれていた。
……多分この一連の流れは、ただの照れ隠しに過ぎない。
(2014.05.14)