この気持ちはいつまでも不安定

直継×マリエール


 アキバの中心部を、直継とマリエールは二人並んで歩いていた。
 直継に「うまいもんでも食いに行く祭り開催だぜ!」と誘われ、まんまと誘いに乗ったマリエールは、これから向かう定食屋に期待を寄せていた。
「楽しみやわ~! 最近部屋から出られへんかったもん……」
「まあ、お疲れさん祭りってことで」
「おおきに!」
 マリエールは先日まで、数日間に及ぶ軟禁生活……ではなく、山のように積まれた書類の処理に明け暮れていた。
 途中に一回直継が訪れたことで立て直したが、やはり最後の方はほとんど生気を失ったかのような表情を浮かべており、最後の書類に印を押したと同時にその場に倒れこんだという。
 そして一日半の睡眠の末、マリエールは復帰。
 晴れて自由の身となり、こうして直継と並んで歩くことが許される状態となったのだ。
「……もうあんな地獄見たないわ」
 思い出しただけでも寒気が襲い、思わず自身の身体を抱きしめる。
 マリエールの台詞自体も既に三度ほど聞いた覚えのある直継は苦笑を浮かべながら、マリエールの頭を軽く撫でた。
「だから今日はうまいもん食うんだろ?」
「せや!」
 撫でられる感覚と、直継の明るい笑顔。その二つだけでマリエールのテンションはうなぎのぼりで、味わった地獄もどこか懐かしく思えてくる。
「定食屋楽しみやわ~。まさかうちが引きこもっとる間にそんなん出来とったんやねぇ」
「おう! 結構評判よくってさ、俺もシロと一回行ったんだけどよ、味良し、雰囲気良し、量も選べて種類も豊富ってな! あっという間に人気店の仲間入りってやつだ」
「うわぁ……はよ行きたい! めっちゃ食べたい!」
「ほいほい。もう少し歩いた先だから」
「うん! はよ着かんかなぁ~」
 高鳴る気持ちに胸を躍らせる。
 気分よく歩きながら、ほんの少し前を歩く直継の横顔を盗み見し、マリエールは満足げな笑みを浮かべていた。
 もしも楽しいのが自分だけだったなら、それはそれでへこむものだ。
 二人とも楽しくて、幸せを共有できることが一番の幸福のように思えるようになったのは、つい最近のこと。
 本当は別に、出かける口実なんて何でもよかったのだ。
 多分……ただ一緒にいられるだけでも、マリエールは満足だったのだと思う。


しかし、だんだんと増えていく人の群れを避けながら歩くことに辛さを感じ始めていた。
 ほんの少し前を歩いていたと思っていた直継が少しずつ遠のいていく。
 このまま離れてしまえば、完全にはぐれてしまうだろうとマリエールは感じていた。
「な、直継やん」
 思わず名前を呼び、直継の私服の裾を引っ張る。
 それが今の精一杯で、はぐれない唯一の方法だとマリエールは信じて疑わない。
 勿論直継はすぐに気づき、驚いた表情を浮かべてマリエールを見つめる。
「大丈夫か? 急に人が多くなってきたもんな……」
 気遣うような台詞を口にすると、裾を掴んでいる手をぎゅっと握りしめた。
「もうちょいだから頑張ってくれ」


 それを最後に、視線を前に戻した直継の斜め後ろをマリエールは少し足早に歩く。
 大きくごつごつとした手は少しだけ汗ばんでいて、それが妙に愛おしく感じた。
 次に視線がとらえたのは直継の背中。
 真後ろでないこともありはっきりとは見えないが、傍から見ていても背中の広さに驚く。
「…………ちゃうんやなぁ……」
 ぽつりと呟いた言葉は、賑やかな人込みにかき消された。
 だけど、意識してしまえばそこまでだ。
 この世界に来てから、男女の差はそれほどないものではないかと思っていた。
 力の強さはレベルありきだと思うし、体型云々もゲームのパラメーターの一つに過ぎない。それにマリエール自身がそれほど性別を気にしないせいかもしれない。
 でも、自身の手を掴むごつごつとした手も、がっちりとした体型も、自分にはないものであることに変わりはなかった。
 力強さも頼りがいのある雰囲気も、みんな男らしいと感じてしまうのが真実であることも分かっている。


「マリエさん? 大丈夫か?」
「え?」
 喋ることを忘れてボーっと考え事をしていると、心配そうに直継が声をかけてきた。
「全然喋んねーから、疲れたかと思って」
 一瞬振り返ったが、すぐに前を向いてしまった直継の表情は分からない。
「大丈夫や、これくらい!」
「ならいいけどよ」
「うん! ちゃっちゃと行こ!」
 マリエールは歩く速度を上げて直継の隣に並び、思いっきり腕に抱きついた。
 その腕も、自身の細い腕とは全然違う。
「ま、マリエさん?」
 突然抱きついたせいなのか、直継の動揺が伝わってきた。
 そういう可愛らしいところを見ると、妙に安堵してしまうのは何故だろうか。
 マリエールは心の中だけでそう思う。
「なんや~? 照れとるんか?」
 からかうように話しかけると、直継の顔色がだんだんと赤くなっていくのが分かった。
「あ、ほら! 着いたぜ!」
 人がまばらになり始めたと同時に直継はマリエールから逃れ、赤くなった顔は見えなくなる。
 次に見た直継の表情はいつもの笑顔で、完全に逃してしまったことに気づいた。
「もう! 待ってや~!」
 早足になる直継を追いかけながら、マリエールは嬉しさを噛みしめながら笑顔を浮かべた。





 照れたり、動揺する姿を見てホッとするのは、きっと些細なことだ。
 性別を意識して不安になっても、相手の弱い部分に触れるとちょっぴり安心する……それだけ。
 自分だけが弱いだけじゃないんだって教えてくれるようで。

 いつでも、マリエールの気持ちは不安と安堵で揺れていて、ぐらぐらと揺れるシーソーのようだった。





(2015.02.03)