初恋は実らない、なんて迷信があるという。
ミノリは信じているわけではなかったが、それが本当であることを身をもって知ろうとしている。
ただ、ライバルがいるだけ。
ただそれだけであって、負けたわけじゃない。
そう思い続けて頑張ってきた自分も、ちっとも無駄じゃない。
なのに、頑張ったからこそ、まだ努力する余地があったからこそ、それが終わる時、やりきれない想いがミノリを襲う。
悔いのないように、自分が納得出来るようにと頑張る度、必死で次の課題を探していた自分には、素直に諦める気などなかったのだと改めて知った。
ミノリの恋は、実らなかったのだ。
「あれ……」
ずっと平然を装ってきたミノリの瞳からぼろぼろと零れ落ちたのは、我慢し続け、流すことを恐れた涙だった。
自室ならよかったが、残念なことにミノリは今<第8商店街>にいる。
幸い誰もいなかったため、誰にも気づかれなかったことにホッとした。
確か三十分ほどカラシンが席を外すと言っており、他のメンバーも外出が重なってミノリが留守番を任されていたのだ。
カラシンが出て行ってから、大体十分ほどが経つ。
あと二十分でいつも通りに戻れば何の問題もない。
ミノリは時計を眺めながらそう判断し、もう少しだけ現状に甘えて涙を流した。
涙を流すと、失恋したのだと認めなければならないような気がして、ミノリは一人恐れていた。
だが、誰にも知らなければその涙はミノリだけのもので、他人に詮索されずに済むのは都合がよかった。
(こんなこと……)
ミノリはただ、静かに思う。
(私が泣いたことは、誰も知らなくていい……)
予測通りの二十分後、カラシンは<第8商店街>に戻ってきた。
「ごめんね~。留守任せちゃって」
「いえ。特に何もなかったですし」
この頃にはミノリも自然に笑うことができ、完全復活を果たすことができた。
さっき鏡で確認したところ、若干目が赤くなっていたが、近くでよく見なければ分からないほどの薄らとしたものだ。あくびだとごまかせば何とかなる。
カラシンはどさりと抱えていた大荷物を床に置き、自然とミノリに近づいた。
「大荷物なんですね」
次の一声を恐れ、ミノリは床に置かれた荷物を話題に持ち出す。
「ああ、うん。マーケットの視察っていうか……何も買うつもりはなかったのに、気付いたら珍しいものがゴロゴロ売ってあったからつい」
「カラシンさんらしいですね」
「まあね」
なんだ。意外と大丈夫だ。
声も普通で、会話もいつも通りにこなすことができる。
笑顔だって浮かべられるし、きっと大丈夫だ。
「あ、そうだ。実はドーナツ屋ができててさぁ。お土産買ってきたんだ。よかったら一緒に食べない?」
手に持った紙袋を掲げながら、カラシンは明るく話しかけてくれる。
「ありがとうございます。いいんですか?」
「うん。留守のお礼もあるし、なんかいろいろ丁度よかったしね」
話しながらお皿にドーナツを盛り付け、それをミノリの前に置いた。
「はいどうぞ~。で、ミノリちゃんは何かあったの?」
「……え」
全てやり通せると思っていた……はずだった。
安心しきって油断したせいだっただろうか?
いや、油断なんてしていない。さっきも今も、ずっとばれないかどうか気になってドキドキしていたはずだ。
「目のとこ、ちょっと赤いから」
目元に指を近づけるカラシンは、いつもと変わらない陽気で優しいお兄さん。
なのに、今はとてつもない脅威としか感じられない。
心臓の音が、驚くほど大きく感じ始めた。
「えっと……ちょっと、さっきあくびしちゃったので……」
ずっと用意していた言い訳も、声が震えてしまえば意味を成さない。
おかしい。さっきは大丈夫だったはずなのに、一つ崩れれば全部崩れてしまった。
「そう? にしては、いつもと様子が違うけど」
ドーナツを一つ手にすると、カラシンはおいしそうにそれを頬張る。
うまいうまいとあっという間に平らげ、今度はチョコレートがかかったドーナツに手を伸ばした。
「何か辛いこととかあった?」
全てを見透かすように話しかけられ、せっかく差し出されたドーナツに手を伸ばす気も起きない。
なんと反応すべきだろうか。
このまま知らんぷりで通すべきか。素直に話してしまうべきか……。
悩んだ末に黙り込んだまま俯き、膝の上に置いていた両手が視界に入る。
強く握られた拳は酷く震えているように見えて、ミノリにはもう、平然を装えないことを知った。
「す……すみません。私、その……」
そして、平然でいられなくなったことを意識した瞬間、再びミノリの頬を涙が伝った。