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始まりの物語 1

 私……雪城汐音は、リアルではとても真面目な優等生を気取っていた。
 ただの堅物にはならないように明るく振舞って、誰にでも優しく……時には厳しく、成績優秀で運動神経も抜群で、委員長なんかやったりして、見た目もうんと気を遣って。
 だけど、全部を我慢して嫌々やっているわけじゃない。
 全部自分自身のため。自分が上手くやっていけるようにって、自分の負担にならない程度にやっているだけ。
 私がちゃんとすれば、相手もまともに対応してくれる。だから苦ではなかった。

 全ての息抜きは、隠れて遊んでいるネットゲームである。
 家族が知っている以外、誰も知らない。兄がネットゲームをやっていた影響で、いろんなネトゲをのらりくらりとプレイし続けた。
 そして三年前、新しく始まったネトゲにのめりこむことになる。
 のめりこむとは言っても、勿論私生活に支障を来たすほどはしない。兄が廃人で親を困らせていた時期があったのはよく知っている。いや、現在進行形だけど。
 ほどほどにやっているネトゲでは、ありのままの自分を曝け出せる。
 そりゃある程度気を遣う必要はあるけれど、自分の容姿なんてアバターを自由に選ぶだけでいいし、成績や運動は関係ない。文字だけの会話だから会話だってゆっくり考えながらできる。反応が遅くてもタイピングが遅いからとごまかせばいいだけの話。
 リアルより随分楽な世界は、私の息抜きとしては十分すぎた。

 そんなリアルとゲームの世界を行き来する私には、大きなイベントが現在進行形で発生していた。高校三年生ということもあり、受験という逃げられないイベントがあるっていうのも一つある。
 だけどそれ以上に……人生の中で一番の恋愛イベントが訪れていた。

 それは、ネトゲで知り合った男の子のことだ。
 初めて他人と組んだパーティで一緒だった『リヒト』という名前の男の子。よく行動を共にしていて、時々二人でパーティを組んだりする。休憩の合間にチャットをしてみればまたそれも楽しくて、いつの間にかリヒトくんと同じ時間にログインできることを幸せに思うようになっていた。
 お互いの本性も分からない。リアルの話は最近になってようやくちゃんとするようになったくらいで、顔はやっぱり知らない。偽られていたとしたら……そう思ってしまうのに。なのに惹かれてしまうなんて……おかしな話だろうか?


 私はそれを、恋だと知ってしまった――。


***


 というのが前置き。
 そしてこれからの話は、リヒトくんとリアルで会うって話だ。出会って三年経ったとある夏の日。ついに私たちはリアルさえも求めるようになってしまう。高校受験とは違い、大学受験は本腰を入れて勉強をしないといけない。だからゲームで会えない代わりに、リアルで接点を増やそうと必死だったわけだ。
 ネトゲの人とリアルの話をするのはマナー違反だけど、仲がいいし三年の付き合いにもなると、リアルの話も受け入れてもらえるし、いろいろ話もできた。
 年齢とか、家族構成とか、大体の住んでいる場所とか、自分の好きなこととか……そんな些細なことを、知られてはまずいような情報は除いて話をしていた。
 リヒトくんもいろんな話をしてくれて、少しずつ彼を知ることがとても嬉しかった。
 ちなみに彼は二十三歳。実は彼の年齢を知ったのはつい最近だ。理由は年下の私に気を遣わせないため、と言っていた。十八歳の私とは五歳差。出会った初期にそれを知っていたら、私は多分ずっと敬語のままで少し遠慮しながら接していたかもしれない。
 今となっては今更なことになってしまうので、私は遠慮なくいつも通りに接することを心がけていた。
 そんな彼と、リアルで会う。
 偶然住んでいる場所が隣の駅同士ということもあって、会うこと自体は容易だ。
 だけど私は、ネットで知り合った人とリアルで会ったことは一度くらいしかない。しかも相手は女の子で複数だったために、今回の状況とは条件が合わない。
 年上の男の人と二人っきりで会う……。
 そもそも年上の男の人なんて、家族や学校の教師以外で接したことなんてない。
 リヒトくんを恋愛対象で見ている私としては、リアルで会えることはとても幸せなことのように思う。
 でも実際会って幻滅したり、されたりしたらと思うと……この居心地のいい場所が消えてしまうんじゃないかという不安が、私を躊躇わせていた。

 今日もその件で連絡を取り合っている。
 会うとなってはメールができないと不便ということもあって、最初はパソコンで使っているアドレス、次は携帯メールという感じで段階を踏みながらやり取りをしていた。
 あまり自分に嘘をつきたくないと思えるような人だったので、私は素直にリアルで会うことに不安である気持ちを伝えていた。それを伝えれば、きっと彼は私を安心させるような言葉をかけてくれるだろう。それが嘘でも本当でも、きっとそうするはず。相手の反応の予測ができていて、それはきっと一時的な慰めにしかならないことも分かっている……のに、私はあえてそう伝えてしまった。
 返信が来るまでは、もしかして私はリヒトくんを試しているの? と疑心暗鬼になる自分が嫌で絶望した。これでよくリヒトくんが好きだなんて図々しい感情を抱いたものだと……。でも、不安は不安。それは仕方のないこと。
 何とかそう言い聞かせていた最中に送られてきたメールで、私はあっさりと安心する羽目になる。


『どうしても直接会って伝えたいことがある。それはどうしてもネットじゃ伝えたくない。こんなこと言ってても不審に思うかもしれないが、絶対に変なことはしないって約束する。会う場所は絶対に人が多い場所を選ぶって誓う。もしお前を傷つけるようなことをしてしまったら、オレを警察にでも何でも突き出してくれ。すまん……どうしたら信用してもらえるか分からなくて、何を言っても無駄かもしれないが……とりあえずオレの気持ちは、普通に会ってみたい。それだけなんだ』


 やけに返信が遅くてそわそわしていたら、こんなにも一生懸命な長文の返信が着て涙が出そうになった。
 どこまでが本当で、どこまでが嘘かなんて分からない。分からないけれど、接してきて三年。私は彼を全く信用していないわけじゃない。むしろ今だって本当は信用していないわけじゃないんだ。
 ただ……私という人間を拒まれたらと思うと……それが怖くてたまらなかったのだ。
『ありがとう、なんか安心した。土曜日はよろしくね』
 私は彼を安心させるようなメールを送り、会う日を楽しみにする方へと方向転換することにする。
「……っていうか……あのメール……」
 さっき送られてきたメールをもう一度読み返しながら、何だか恥ずかしくて思わず布団に潜りこんでしまう。
「いや、それはない……」
 思いついた可能性を言葉にしようとして、自分自身で遮ってしまう。否定してありえないと思い込まないと、私はとんでもない自意識過剰女になってしまいそうで怖かった。
 近くにあった枕を引っ張ってきて、ぎゅっと抱きしめながら顔を埋める。
「ないないないない絶対にない」
 一度否定すれば済むと思っていたのに、期待ばかりが膨らんでいく。
 それが何だか後で後悔しそうで、必要以上に何度も否定することとなる。

 単純な私は、あのメールに期待してしまった。
 そう……まるで告白されているかのような、そんな錯覚に陥りそうだったんだ。

 
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Copyright (c) 2012-2018 Ayane Haduki All rights reserved.  (2012.12.02 UP / 2018.04.01 加筆修正版UP)