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始まりの物語 2

 というか、もしかしてこれはデートになるんじゃないの?

 そう気付いた時には当日になっていた。
 昨晩決めておいた服に着替え、出かける準備を手早く済ませる。学校ではポニーテールにしていた髪の毛も、特別な今日はロングヘアーを縛ることもしない。
 そう……髪と同じように、今日は私自身に縛りを与えないことに決めていた。
 ずっと気楽に接していた相手に、今更何を遠慮することがあるだろう?
 それに彼には……ありのままの自分を見て欲しかった。

「今日で、決着付けよう」
 ただの独り言のように思えるけれど、それには強い決意が込められる。
 私は……リヒトくんに告白しようと思っていた。勢いにも程があるというのは自覚済み。
 彼への片思いも二年くらいになる。思わせぶるようなリヒトくんからの『伝えたいことがある』というメールに期待するなと何度も言い聞かせていたはずなのに、やっぱり心のどこかで期待する私は、今日自分の気持ちを伝えたいと思っていた。
 とても単純な行為に走っているのは分かっている。でも私は、ネトゲ以外でもっともっとリヒトくんと繋がりを持ちたいと欲を出していた。私は彼の……特別になりたかった。
「よし」
 鏡をじっと見つめながら、更に気合を入れる。
 おかしなところがないかと再チェックを済ませた後、私は準備しておいた鞄を手に部屋を出た。

「汐音、どこか出かけるのか?」
 玄関先で靴を履いていると、休日は昼まで寝ている兄が珍しく早起きしていたらしく、背後から声をかけてきた。謙史という名の兄。ネトゲ廃人をこじらせて三年ほど引きこもりを続けるどうしようもないバカ兄貴だ。正直ここで顔を会わせるのも不快である。
「ちょっと……友達と、遊ぶ約束してて」
「ふーん。お前そんなこと昨日は一言も言ってなかったじゃねーか」
「兄貴がずっと部屋に引きこもってるからでしょ? お父さんとお母さんには言ってあるの」
「まさか男じゃねーだろうな?」
「いってきまーす」
 家族にあまり詮索されたくなくて、寝起きのバカ兄貴を適当にあしらって早々に家を飛び出していく。一瞬名前を呼ばれた気がしたけれど、バカ兄貴の問いかけに後ろめたい気持ちを抱く私は立ち止まっている余裕なんてなかった。
 ……ちゃんと話せば分かってもらえるなんて、そんな甘い人間じゃないことくらい知っている。
「それに」
 捕まったら、私の人生は終了なのだ。極度のシスコンの持ち主であることを知っている私には、ただの邪魔者以外の何者でもなかった。



 天気は雲一つない快晴。出かけるにはうってつけの休日。夏の日差しはじりじりと照りつけているはずなのに、何故か私には爽やかな天候のように思えていた。それは浮かれているからなのか、狂っているのか……。
 足取りは軽い感じがして、見慣れた景色はキラキラ輝いているように見える。
 楽しみな気持ちと、好きな人と初めて会うドキドキ感で胸がいっぱいで、何だか別の世界に迷い込んでしまったような錯覚に陥っていた。
 行き交う人たちと何度かすれ違いながら、私はふと立ち止まってしまう。
「変……じゃない、かな?」
 唐突に、今の自分に対して不安を抱いた。それは明らかにいつもと違う雰囲気の自分に慣れないせいかもしれない。外ではあまり髪を下ろさないし、こんなにオシャレをすることだってなかなかない。服装だって、いつもは着ない花柄のワンピース。可愛いなと思って買ってもらったのに結局着ていなくて、この日のためだったのだ! そう思っても違和感がある。似合っているんだろうか。
「大丈夫」
 ショーウインドウに映る自分を見つめながら、自分を安心させるような言葉を呟いた。
 きっと不安そうな顔を見せたら、彼はがっかりしてしまうだろう。
「大丈夫だ」
 ぺちんと両頬を軽く叩いて不安を振りきるように、目的地の駅へと迷いなく歩き出した。

 駅に着いた時には十一時を指していて、十二時の待ち合わせには十分な時間だった。待ち合わせ場所は私の最寄り駅から電車で十分ほどの場所。リヒトくんからはもう少し時間がかかるけれど、それも些細なものだ。
 早く着くと分かっていても、もしかしたら先に来ているかもしれない……と思い、私は早々に電車へと乗り込む。
 今日会う場所は半年前に大型ショッピングモールが出来たばかりで、話題には事欠けない。ご飯を食べるにしても、ショッピングを楽しむにしても、何かで遊ぶにしたっていろいろと時間が潰せる。人も多いし何かと便利だろうと踏んで、彼から提案された場所だった。キッカケがなければなかなか行ける場所でもなく、気まずくても話題には困らないだろうと思って私も賛成した。

 あと少しで、ついにリヒトくんに会う。
 どんな人なんだろう。ネトゲで接している通りの人だろうか?
 先程よりも一層心臓の音がうるさくなってきた私は、落ち着かずに何度も携帯を開いたり閉じたりしている。どれだけ妄想を繰り広げたとしても、あと一時間もしないうちに彼と会ってしまうんだ……。
 車内のアナウンスで降りる駅が告げられ、私は更に激しく高鳴る心臓を抑えることに必死だった。ああ、どうしよう。緊張しすぎて帰りたい……そう思ってしまう自分もいたりして、情けない気持ちになってくる。
 学校でクラスメートの前に立って仕切ったり、テストの結果を待っている間、クラス替え……いろんなことに緊張したりドキドキすることはあったけれど、今までのそれとは全く違うドキドキに戸惑っていた。

 電車が止まり、ぷしゅーという音を立てながら扉がゆっくりと開いていく。休日ということもあり、ショッピングモールの駅で降りる人間は多かった。
 私も周りに続いて降り、エスカレーターで改札階へと下っていく。
「改札の、近くの……ケーキ屋さん……」
 無意識に早くなる足で早々に改札を出た私は、待ち合わせの目印となる駅前のケーキ屋へと移動することにした。ケーキ屋と言ってもこの人の多さでは目印にもならないかもしれないという懸念があったが、リヒトくんは「後はメールでやり取りしよう」と気楽に言っていた事を思い出す。
 リヒトくんは身長が高めの百八十センチ。百六十センチの私とは二十センチも違う。今日は赤縁の眼鏡をかけてヘッドホンで音楽を聴いていると言っていた。服装もTシャツとジーパンというラフな格好で来るなんて言っていたと思う。
 何だか一人だけ気合を入れすぎてしまったかな? なんて今更迷い始めるにしたって、ここまで来てしまえばもう遅い。


「あっ……」
 そして、私は見つけてしまった。
 背の高い、自分より大人っぽい人。赤縁の眼鏡をかけていて、ヘッドホンで音楽を聴いている。服装も言われたとおりの……明らかに該当する人物がいる。
 もしもその人がリヒトくんならば、私はどうしたらいいのかと頭が真っ白になってしまいそうなくらいに動揺していた。
 だって……予想していたよりずっとカッコいい。もしかしたら好きという補正のおかげかもしれないけれど、道行く女の人がうっかり振り返ってしまうほどの威力はある。
 もしも本当に彼だったら……そう思うだけで心臓が爆発してしまいそうだ。


『今着いたよ! 多分リヒトくん見つけたかもしれない……よかったらヘッドホンはずしてくれる?』
 震える手で彼にメールを送ってみると、ターゲットは都合よく携帯を取り出した。メールを確認したと思われると、ヘッドホンをはずしてきょろきょろと周りを見渡している。
 ああ、本人だ。本当だったんだ……。
「ど、どうしよう……」
 立ち止まっている間にも、私はリヒトくんを待たせている。それはとても申し訳ないことだ。
 もう逃げることなんて出来ない。立ち向かうしかない。
 何度も何度も自分に言い聞かせながら、一歩一歩彼へと足を運んでいく。

「あ、あの……リヒト、くん……ですか?」
 恥ずかしくてまともに顔も見れない私は、それでも自分の中にある最大限の勇気を振り絞って声をかけた。
「シオン、か?」
「はい……し、シオン、です」
 驚いた表情のまま呆然とするリヒトくんに、しっかり自分の名前を伝える。
 すると一気に顔を赤くしたリヒトくんは、口元に手をやって挙動不審になり始めた。彼なりに照れてくれているのか、何かまずいことをしてしまったのか……。
 私は私で普通を保とうと必死になっているせいで、あまり気が回りそうにない。
「い、行くか」
「は……うん」
 この緊迫とした、お互いが挙動不審になるような雰囲気は非常にまずいと感じ取ったのだろう。リヒトくんはゆっくりと歩き出した。私もその後を追いながら、初めての出来事にドキドキする。
 家族以外の男の人と街中をこうして並んで歩くなんて……そんな日が訪れるなんて思いもしなかった。


 夏の暑さのせいなのか、顔が異様に熱い。今日の朝から騒がしい心臓は未だにうるさいままだ。話そうと考えていたことも全部吹っ飛んで、頭の中は真っ白になっていた。
 このまま私は無事一日を終えることができるんだろうか?
 自分自身の異常さにほんの少しの不安が過ぎる。
 反面、嬉しさと幸せがじわじわと私の中で広がっていくのもよく分かっていた。

 だって、そうでしょう?
 ずっとずっと夢見ていた、リヒトくんの隣をリアルで歩いているのだから。


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