ラ ブ コ メ の 目 撃 者

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05.恋する乙女の本気がすごい

 現在の相関図をざっくりと紹介しよう。
 杏子と美咲は自他共に認める親友同士である。美咲はモテモテで、幼馴染の健太と転入生の春秋に好かれている。その健太と春秋、それぞれから美咲との仲を取り持つように依頼をされているのが杏子だ。
(なんでこの世界の男たちは、こぞってわたしなんかに協力を仰ぐのだろう。勝手によろしくやってくれればいいのに)
 杏子は常々そう思っているが、その想いが聞き届けられたことはなく、周囲の人間は杏子へラブコメを見せつけてくる。


 そしてもう一人。
 この相関図に、新たな人物が加わろうとしていた。
***


「あの、大橋さん」
 もはや、この始まりがお約束の合図かのように、杏子は突然背後から声をかけられる。
 現在は体育の授業前の着替えをしているところで、あとは美咲の準備を待つだけの状態だった。
 杏子が振り返ると、何とも立派な巨体……いや、『ぽっちゃり』な体型を持ち、瓶底のようなレンズの眼鏡をかけているクラスメートが立っていた。
 彼女の名前は坂上愛菜という。
「どうしたの? 坂上さん」
 杏子は首を傾げながら、内心で動揺していた。
 愛菜は根暗のような見た目に反し明るく気さくで、クラスの人気者のポジションを陣取っている。杏子とも何かしら会話はしたことはあるものの、率先して仲良しというわけではなかった。こうしてかしこまって話しかけられたことは、とりあえず一度もない。
「あのね、ちょーっとだけ、時間いいかな?」
「ここで話しにくいこと?」
「そそ。大事な話なの〜」
 まだ何も話を聞いていない状況にもかかわらず、杏子は不穏な未来を予知してしまい、ごくりと唾を飲んだ。
「美咲、ごめん。先に行ってるね〜」
「うん! あとでね〜」
 隣で話を聞いていたらしい美咲は、空気を読んで送り出す。
「じゃ、行こっか」
 愛菜と向き直り、杏子と二人で更衣室を後にする。
 本日の体育はグラウンドのため、移動しながら少しずつ話を聞くことになった。


***


「私! 睦月くんに一目惚れしちゃったみたいなの」
 もう少し勿体ぶって話をされるかと思いきや、更衣室を出た瞬間、愛菜はあっさりと本題を口にした。
 普段は美咲に言い寄る男に対応している杏子も、別の人物についての話題を持ち込まれ、一瞬脳内がフリーズする。
「え」
 別にショックを受けているなどというわけではない。
 とうとう別の人物に対しても相談を受ける羽目になったことに、驚きを隠せなかっただけだ。
「な……なんで、わたしに……?」
 これから授業でいくらでも汗をかくはずなのに、今の時点で嫌な汗をかきそうになる。正直なところ、杏子はこのまま逃げだしたい衝動に身を任せたくなっていた。
 廊下を並んで歩きながら、念のため杏子は愛菜に尋ねる。
「あのね……大橋さんってこの間、睦月くんと二人で中庭にいたでしょ? もしかして付き合ってるのかなって……」
 控えめの声色で話す愛菜に、杏子は頭を抱えたくなっていた。開いた口も塞がらない。
 男女が二人でいることで誤解されても気にしないと春秋は主張していたが、こうして順調に誤解されてとばっちりを食らっている今の状況を考えると、もう少し慎むべきではないかと思ってしまう。
「もし付き合ってるなら……はっきりさせておこうと思って」
「ないない!! それはないよ坂上さん!! てか、わたしより美咲の方が仲いいし」
 とりあえず、変に拗れる前に全力で否定をする。変なトラブルに巻き込まれてしまうのは、杏子としてもよくない状況に違いないからだ。
「だよねぇ……正直、神園さんの方が仲がいいなって思ってたもん」
 しかし、あっさりと否定を受け入れた愛菜は、大きく溜息をつきながら遠くを見つめる。
「ていうか、睦月くんは神園さんのこと好きだよねぇ」
 杏子もつられて遠くを見つめながら、『バレてるぞ、睦月くん』と心の中で呟いた。
 それからすぐ、愛菜の表情を伺う。好きな人に好きな人がいるという状況は、きっと杏子が思う以上に傷つくことなのではないか……そう、察したからだ。そして思うことは、何故杏子にこの話を持ちかけたのか。展開がますます読めない。
 いつも振りまく愛嬌のある笑顔とは違う、愛菜の切なそうな表情が杏子の心を抉る。
「ごめんね、こんな話しちゃって。でもね……諦めたくなくて。許されるなら頑張りたいし、想いも伝えたい。そう思ったらいてもたってもいられなくて……とりあえず、関わりがありそうな大橋さんに話しちゃった。神園さんに直接尋ねる勇気もないのにね」
 表情だけでなく、声色もいつもと雰囲気が違っていた。クラスの中心にいる時と比べて随分と落ち着いており、どこか震えているようにも感じる。
 歩いているうちに靴箱に辿り着き、それぞれスニーカーに履き替えはじめた。
 その短い間に、杏子はどんな言葉をかけるべきか考える。
 これほど様々な恋愛に遭遇し、目撃し、巻き込まれているというのに、杏子自身の恋愛経験は乏しかった。過去の相談に当てはめるにしても、何かが違う気がする。そもそも、様々な色や形をしているであろう恋愛を、比べる術なんてないのではないだろうか。
(わからん……)
 同じ女でも、恋する乙女のことが全くと言っていいほど分からない。それはスニーカーに履き替えた後も同じだった。


「坂上さん!」
 靴箱のある玄関を出たすぐの場所で立っている愛菜を、杏子は一際大きな声で呼びとめた。
 振り返った愛菜に、かける言葉は未だにはっきりとしない。けれど、杏子は言葉にならない想いに背中を押され、こう告げたのだった。
「わ……わたしには、恋とかよく分からないけど……好きな人に好きな人がいても、頑張りたいって言える坂上さんはすごいと思う。睦月くんはまだ付き合ってるとかそういうわけでもなさそうだし……坂上さんに、頑張ってほしいって思うよ」
 その言葉が正しいかどうかは、杏子には分からない。分からないが、無性に愛菜を応援したいと思ったのだ。
 杏子には何も力になれることはない。でも、彼女のような存在なら、いつも頼ってくる男たちとは比べ物にならないほど、手を差し伸べたいという気持ちが生まれていく。
「ありがとう、大橋さん……いや、杏子ちゃん」
 優しく微笑む愛菜と同じように杏子も微笑む。その表情もまたクラスの中心にいた時とは違っていて、初めて知る愛菜の表情の数々に胸の奥がほっこりと温まるようだった。
(睦月くん……坂……いや、愛菜ちゃんの人柄に注目しろ……)
 愛菜がクラスメートに愛されていることに納得しながら、ただひたすら念じる。
「よーっし! がんばる! がんばるわ私! まずはダイエットね! 体型がアレだからダメなのよ! うん! それで眼鏡もコンタクトに変えなくっちゃ!!」
 いろいろと吹っ切れたのか突然声を張り上げ、一人で盛り上がり始める愛菜と、呆然とその光景を見守る杏子。
「杏子ちゃんに話したら、がんばらなきゃー!! って気持ちになったわ! やるぞ!」
「う、うん」
 戸惑いながらとりあえず返事をするものの、少しでも役に立ったことにホッとしつつ、恋する乙女に心の中でエールを送る。
(でも、やっぱりわたしに話す必要はなかったのでは……? まあいいけど)
 この先の未来で、ややこしいことにさえならなければいい。
 愛菜の成功を祈りつつ、自身の未来の平穏を祈る杏子であった。





***


 あれから数日後。
 休み明けの愛菜は、早速努力の成果を見せつけてきた。
「ど、どうしたのっ!? 愛菜!?」
「え!? 坂上かよ!?」
「マジで!?」
 クラスの中心にいることは今までと変わらないのだが、今日はかなり訳が違った。
 クラスメートの頭上には『!?』が飛び交っており、教室が一際ざわついている。

 そう。教室に現れた坂上愛菜という人物は、驚愕のダイエットに成功したのだ。


 ぽっちゃりというにはギリギリだった巨体は、すらりとやせ型になっており、今の愛菜の体型をぽっちゃりと表現してしまえば、この世界の大半はぽっちゃりになってしまうほどに痩せていた。しかも、瓶底のような眼鏡はコンタクトに代わっているため、印象ががらりと変わる。
 それはもはや、漫画のような展開だった。
 あまりにも可愛くなった愛菜に、クラス……いや、学年中の人間が虜になっているに違いない。杏子は勝手にそう思っているが、ひとまず一言だけ言わせてほしいことがある。

「が……頑張りすぎでしょ……」

 恋する乙女、恐るべし。
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Copyright (c) 2017 Ayane Haduki All rights reserved.  (2017.08.13 発行 / 2017.08.07 UP)