迷える仔羊部へようこそ!

12:意味深な二人


 お昼は海の家で適当に買ってきた食べ物をシェアしながら食べ、デザート用のすいかをじゃんけんで負けた真白が見事に割り、午後は組み合わせに関係なく遊んだ。
 インドアと言っていた若菜はパラソルの下で休みながら読書を楽しんでおり、その傍を当然のように琥珀が陣取る。こうなることを予測していたからか、琥珀も本を持ってきていたようで、二人の読書会が始まった。
 残りの四人は、海辺で好き勝手に遊ぶ。
 最初の方は真白と蒼真、空と紫乃で遊んでいたが、大学生くらいの男集団に空と紫乃が絡まれてしまったため、四人で固まって遊ぶことにしたのだった。
 勿論、四人で水を掛け合うだけでも何故か楽しく、笑いは絶えない。

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて、青かった空は少しずつオレンジが差し込み始めている。
 夏休みの影響で混雑していた砂浜も人がまばらになっていく。それは今日の終わりを意味していて、紫乃の心に寂しい気持ちが流れ込んだ。
 日中に比べると、一人で歩いていても絡まれることはない。
 なんとなく今日のことを自身に刻もうと、紫乃は砂浜をゆっくりと歩いて行く。
(楽しかったなぁ)
 ぽつりと心の中で呟いてすぐ、
(帰りたくないなぁ)
 そんなわがままな自身が顔を出した。
 別に海でもっと遊びたい、というわけではない。
 おそらく……いや、間違いなく、仔羊部のメンバーともっと一緒に遊びたいだけだ。それだけ仔羊部のメンバーは紫乃にとって大切で、大きな存在になっている。
 そんな存在に出会えたことを心から喜びつつも、やっぱり名残惜しさに複雑な気持ちを抱いていた。


 そんな時、少し遠くから話し声が聞こえたような気がした。
 紫乃は聞き間違いかと疑いつつも、ゴツゴツとした岩陰に近寄る。
「やーやー、遊んだなー」
「そうだねぇ」
 聞き耳を立ててみると、声の主は真白と空だった。
 そっと岩陰からのぞき込むと、二人はちょうど背を向けているようで、紫乃が気付かれることはない。
 二人に声をかけようか悩んでいると、隠れている紫乃に構わず会話は続いていく。
「少しは救われましたか? 仔羊さん?」
 すると、空が奇妙な台詞を口にした。
(え……?)
 紫乃の中から声をかける選択肢は消え、気付くと身を潜めて盗み聞きに専念する。いけないことだと分かってはいても、気になるものは気になるのだ。

「バーカ。……でもまあ、今日は楽しかったし。前に比べたら前向きになってきてるかもな」
「そっかぁ。あの時の生きてるか死んでるか分からない顔してた時よりは、大分マシになったと思うよ。私は」
「そりゃお前のおかげだけどな」
「そりゃそうでしょ。大いに感謝しなさい?」
「いや、マジでお前のおかげだ。ありがとな」
「どういたしまして」

 二人の会話はここで途切れたが、紫乃には会話の意味がよく理解できなかった。
 分かったことと言えば、二人の間に何か特別なものを感じること。日中の明るい声色とは違う、初めて耳にするような柔らかい声色。少女漫画なら、ここで告白の一つでも飛び出しそうだった。
 大学生の空と、高校生の真白。
 そもそも二人はどうやって知り合って、仲良くなったのだろう。

「おい、何やってんだ?」
「!!!!」
 真白と空の会話に夢中になっていたところで、背後から突然新たな声が乱入した。
 紫乃は飛び跳ねるように身体をびくつかせて振り返る。
「なんだ……橙野か」
「なんだってなんだよ」
 あからさまに安堵すると、蒼真は怪訝な視線を紫乃に向ける。だが、それも一瞬のことだった。
「そろそろ帰るぞ。真白さん! 空さん! そろそろ帰りますよー!」
 空気など読むこともなく、大きな声で蒼真が二人に呼びかける。
「おお、二人とも」
「もう帰る時間か~。あっという間だね」
 真白と空は振り返って近寄ると、蒼真と紫乃を追い抜いてパラソルまで歩いて行く。
 その後ろを蒼真と紫乃が追う形になるのだが、先ほどの会話が気になった紫乃は、勢いで蒼真の腕を掴んだ。
「ねぇねぇ。橙野は真白さんの悩みのこと知ってる?」
 前を歩く二人に聞かれないように声を潜めて話すと、蒼真の顔が少しだけ赤らむ。
「し……知らねーよ。何回か聞いたことあるけど、いっつもはぐらされるしな」
 どこか照れた様子で返事をする蒼真をよそに、紫乃の心は少しだけざわつく。
 おそらく、先ほどの会話から考えるに、空は真白の悩みを知っている。バイト先で初めて会った時から、知っているような雰囲気を醸し出していた。
「じゃあ、空さんと真白さんって……どういう関係かな……」
「は? あの二人?」
「そう。二人とも部を作ったんだよね?」
「うーん……そうらしいけど、全然聞いたことなかったな。その辺のこと」
 二人の関係についても問いかけてみたが、紫乃の空振りに終わってしまった。この件は二年生の若菜と琥珀に聞いた方が、収穫があるのかもしれない。
「そっか、ありがと」
「おう」
 掴んでいた腕を放し、紫乃は二人の背中を見守る。


 そしてパラソルまで辿り着くと、
「先に女性陣が着替えてきたら? ひとまず僕たちで片付けておきますよ」
 と琥珀が申し出た。
「オレらはすぐ着替えられますしね」
「そうだな。さすがモテ男、すごい気遣い」
「よせやい、真白くん」
 真白と蒼真も了承したため、提案に甘えて先に女性陣が着替えてくることになった。

 パラソルを離れ、更衣室まで三人は並んで歩いて行く。
「はあ……なんだかんだで楽しんじゃった。紫乃ちゃんも空さんも水着姿が可愛くて眼福だったなぁ……」
「それを言うなら若菜ちゃんもね? 普段着痩せしてるせいか、脱いだらすごすぎてびっくりしたわ」
「格差社会ってこうやって学んでいくんですね……」
「紫乃ちゃんは可愛いからいいの! 死んだ魚の目をするのはやめて! 空さんもやらしい目で見ないでぇ!」
 こんな会話は、着替えながらもずっと続いていた。そんな時間も楽しくて、紫乃の心は弾んでいく。
 ……その裏側で、またしても気になることが増えていた。


(……あれ。もし空さんか真白さんがどちらかを好きだったら……若菜さんと琥珀さん……あれ?)
 今猛烈に、ホワイトボードへ相関図を書きたい。
 そんな気持ちが紫乃を襲ったのだった。